悲惨とは
どういうことであろうか…
これという必要もなかったが
ある人と話していて
その人の伯父さんの話になった
戦後すぐに亡くなったというその伯父に
この人は会っていない
古い古い話である
この人ももう年配の人である
長く続いてきた家業に熱心で
小さな店ながら
心血を注いできた伯父だという
しかし戦争がひどくなっていく中
中小商工業者統制で家業は奪われる
しかたなく徴用された先の仕事に出て
一介の薄給労働者となる
家業の技術も経験も勘も生かせない
愛着も持てない馴染めない仕事のせいで
おのずと過労は蓄積され
心労が重なって胸を病むに到る
唯一の財産は古い家屋だったが
強制疎開でそれも取り上げられる
なんとか見つけて移り住んだ家は
B29の爆撃で焼失してしまい
悪化の一途をたどる病を抱えながら
あるかなきかのツテをたどり
ほそぼそと人の好意にすがり
北国の寒村に逃げたものの
敗戦後すぐの秋のはじまりに
とうとう三十半ばで尽きたという
臨終の際に弟の手を握って
ぼくの人生はどうしてこんなに
運が悪かったんだろう…
とふかく嘆いたという
戦場でひどい死に方をしたのなら
いかにも悲惨ということになろうが
じゅうぶんに健康でなかったので
そんなあきらかな悲惨は免れ得たものの
じわじわと持たざるほうへ
貧困や病へと追い詰められていく
地味でしずかなこんな悲惨は
いったいどういう天のたくらみだろう
死んでいく兄の手を握りながら弟は
せめて健康でさえいたならば…
と兄の人生のifを想像してみたが
いやいや、そうだったなら
もっと悲惨だったことだろう
兵隊に取られて激戦地にやられ
遺体さえ回収しようのない死にざまを
きっとさせられたことに違いない…と
すぐに想像を打ち消したという
兄が家業を営んでいた地方の軍が
南方のとある激戦地に送られ
ほぼ全滅したらしいとのうわさを
弟は耳に入れていたからである
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