2025年2月18日火曜日

ふと思ったのはレジ係の店員たちのこと

 

 

いちばん近いスーパーマーケットは

住まいから

七分ほどのところにある

 

無料で4ℓまでの浄水がもらえるので

遠出をしていない時や

遅く帰宅する時でないならば

買うべきものがなくても

浄水をとるだけに毎日行く

11時までやっているので

夜の10時以降に行くことも多い

ついでに売り場もまわるので

安くなっているものがあれば買う

 

昨夜ふと思ったのは

レジ係の店員たちのことである

 

いま通っているスーパーマーケットでも

何人かは忘れがたい人がいた

話したりもしなかったが

毎日のように会う人たちなので

本当なら知人たちよりも時間を共有している

ちょっと挨拶ぐらいしてもいいのに

とは思うのだが

いまの日本の都市の習慣のさびしさで

店の人たちとあまり言葉も交わさないし

挨拶もしないで済ます

幼い時にはスーパーマーケットでも

よく行く小売店でも

おじさんやおばさんに挨拶したし

されたものだった

そういう点が希薄になったというより

希薄であることが強いられるようになった

日本の社会はさびしいとつくづく思う

 

これまでいろいろなところに住み

いろいろなスーパーマーケットの馴染みになり

いろいろなレジ係に出会ってきた

それらの人たちをどれだけ覚えているだろうか

とふと思ったのである

 

数人はすぐに頭に蘇る

 

ママさんバレーをやっていたらしい

三軒茶屋のサミットの大福さんは

テキパキとしていて滑舌もよく

しかもたいていの客も覚えていて

レジで出会うとちょっとおしゃべりもした

三軒茶屋といえば

西友でも毎日のように買ったが

地下のレジ係のおばさんたちとは

しゃべりこそしなかったものの

けっこう個性のある人たちで

顔やしぐさは忘れがたい

それに比べると

駅地下の東急ストアーのレジ係たちは

若い人が多かったが印象が残っていない

 

王子神谷ではかつて

タジマというスーパーマーケットがあって

そこのレジ係のおばさんたちは

さらに個性的だった

世田谷から引っ越してみた者としては

いちいちの動作がのろくて

最初のうちはいらいらしたのだが

東京のなかでものんびりした土地なのがわかると

レジで待たされるのにも慣れた

ちょっと調子をはずした甲高い声で

「いらっしゃいませえええ」というおばさんは

ときどきボケているが名調子で

レジに行くたびにちょっと楽しんでしまった

どうみてもアタマのよくなさそうな

おかっちゃんがパートをしている感じの

愛想もそうよくないがていねいに仕事する人にも

レジを打つのを見ているうちに馴染んだ

 

長く住んで数えきれないほど使った

下北沢や代田のスーパーマーケットについては

ほとんどレジ係の人たちが思い出せないのは

どうしたわけだろうと思ってしまう

下北沢のピーコックや忠実屋のレジ係たちが

まったく思い出せない

下北沢といえばナチュラルハウスでよく買ったが

そこの一時期の店長の女性はよく覚えている

わたしとエレーヌは米をまったく食べず

そこで買うフランス田舎風パンやドイツふうパンのみで

10年以上は過ごしていたので

品数の仕入れが少なめなライ麦パンや全粒粉パンを

毎週取り置いておいてもらっていた

パン製造が休みになる年末年始などはたいへんで

それらのパンを10袋ほど頼んでおいて

30日か31日に引き取りに行った

そういうつき合いができていたので

店長は新商品などのプロモーションがあると

買ってみてくれと頼んできて

こちらもものの試しにいろいろ買ってみた

必要のないおせち料理なども

毎年つき合いから買ってみていた

 

こんな過去の店員さんたちを思い出しながら

どこの店のレジに並んでも

レジ係の人たちともつき合いの多寡などを

いつも思っているのだ

 

幼稚園の年長の頃や小学1年生の頃の

スーパーマーケットや小売店に

ひとりで買い物に行くようになってからの

レジ係や店員さんたちを

意外とつよく覚えていたりもする

その頃は愛知県の岩倉に住んでいて

できたばかりの岩倉団地が住まいだった

わたしは東京人だけれどもわたしの故郷は岩倉で

冷戦時代のベルリンでケネディ大統領が行った演説のあの名文句

Ich bin ein Berlinerをもじっていえば

Ich bin ein Iwakuranerとでもなるのかもしれない

 

岩倉団地38105号がわたしの住まいだった

その棟のすぐ近くに「やなぎや」というパン屋があった

近いのでよくパンを買いに行かされ

ヒッチコックの映画によく出てくるような女性眼鏡のおばさんとは

すっかりお馴染みだった

日曜日には朝はやくに食パンを買いに行き

朝食にはそれをトーストしたものにあわせて

母がつくるコーンクリームスープを飲む

ただ缶詰を開けて出したものを温め味を調えるだけなのだが

これに牛乳が加わればこの三品だけで

わたしにとってはこの上ない幸福の出現となった

 

10年ほど前に名古屋に行った際

気まぐれから岩倉を再訪してみたことがあった

団地はすっかり古びていて改修も施され

棟の配置などは昔のままだったが

南米の人たちらしい外国人が多く住むようになっていた

それはそれでべつにかまわないが

あの「やなぎや」のあったところはどうなっているか

と思いながら行ってみると

なんとまだ店は続けられていて驚いた

「やなぎや」から数軒行ったところにある小さな書店の「中日書店」も

並んでいる本の数はごくわずかだったがまだあって

幼稚園時代から小学校低学年の頃に

ここでほとんどの漫画雑誌や

特製漫画ムックなどを立ち読みしたのが蘇った

雑誌の棚にあった若者向きの「平凡パンチ」や「週間プレーボーイ」なども

子どものくせにほぼ毎週ぱらぱら見て

オネエサンたちのヌード写真をかかさず見ていたものだった

 

この時の気分や岩倉をいまでも思い出して感じる思いは

奇妙なことに

日本のあれこれの歌や小説などには十分は見出せず

フランスのシャルル・トレネのシャンソンなどのほうにこそ

たっぷりと感じとれたりする

「メニルモンタン」など最たるものだ

フランソワ・トリュフォーが映画に使ったのも

よくわかるというもの

 

Ménilmontant, mais oui madame
C'est là, c'est là, c'est là
Que j'ai laissé mon cœur
C'est là que je viens retrouver mon âme
Toute ma flamme, tout mon bonheur...

メニルモンタン、そうですとも、マダム
ここにぼくは心をとどめている
ここにぼくはまた逢いに来る 自分の魂に
ぼくの情熱のすべてに ぼくのしあわせのすべてに

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=Hsl1tI9e2Ik

 




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