塚本邦雄が
日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も
と歌わねば居れなかった気持ちに
いつも
いつまでも
共鳴し続けるほどに
わたくしの日本嫌悪と日本アレルギーは根深いが
それでも
かつて
人類史上最高の詩人たちといえる
藤原定家と後鳥羽院と藤原良経が存した
古典日本語だけは
わたくしの壮絶なる故郷である
この故郷には
松尾芭蕉も
高浜虚子もいて
紀貫之も
大伴家持もいた
その時代の先端の
さらにむこうへ行く彼らは
もし
現代にいれば
短歌も俳句も作らず
まったく別の
言葉の配列に向かっただろう
藤原定家の「近代短歌」には
こんな一節がある
大和歌の道、浅きに似て深く、易きに似て難し。
弁え知る人、又いくばくならず。
あらゆる詩は
まず
浅く見える必要があり
簡単に作れそうでなければならないが
それでいて
深さと難さを伴っていなければ
詩とはならない
定家は
古今の詩全般に通じる真理を
短く完璧に
ここに語り残している
彼は
末の世のいやしき姿をはなれて、つねにふるきうたをこひねがへり
とも書いているが
先の言表にこれもあわせて考えると
鴨長明が「無名抄」に残した言葉も
よく共鳴した思いのものとして思い出されてくる
中古の躰は学びやすくして、然も秀歌は難かるべし。
(…)今の躰は習ひ難くて、能(よく)心得つればよみ易し。
中世の歌人文人たちは
虚心坦懐に読むと
現代のそこらにいる人たちのように
やけに身近な
肌感覚でよくわかる感慨を吐露している場合が多いが
定家のこんな言葉も
なんとも近く
ありきたりにさえ感じられる
いはんや老に臨みて後、
病ひも重く、うれへも深く、
ことばの花色を忘れ、心の泉みなもと涸れて……
しかし
この痛切感
このワカル感
このアルアル感こそが
古典
というものの真骨頂なのだ
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