2026年2月17日火曜日

ことばの花色

 

 

 

 

塚本邦雄が

 

 日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も

 

と歌わねば居れなかった気持ちに

いつも

いつまでも

共鳴し続けるほどに

わたくしの日本嫌悪と日本アレルギーは根深いが

それでも

かつて

人類史上最高の詩人たちといえる

藤原定家と後鳥羽院と藤原良経が存した

古典日本語だけは

わたくしの壮絶なる故郷である

 

この故郷には

松尾芭蕉も

高浜虚子もいて

紀貫之も

大伴家持もいた

 

その時代の先端の

さらにむこうへ行く彼らは

もし

現代にいれば

短歌も俳句も作らず

まったく別の

言葉の配列に向かっただろう

 

藤原定家の「近代短歌」には

こんな一節がある

 

 大和歌の道、浅きに似て深く、易きに似て難し。

 弁え知る人、又いくばくならず。

 

あらゆる詩は

まず

浅く見える必要があり

簡単に作れそうでなければならないが

それでいて

深さと難さを伴っていなければ

詩とはならない

定家は

古今の詩全般に通じる真理を

短く完璧に

ここに語り残している

 

彼は

 

   末の世のいやしき姿をはなれて、つねにふるきうたをこひねがへり

 

とも書いているが

先の言表にこれもあわせて考えると

鴨長明が「無名抄」に残した言葉も

よく共鳴した思いのものとして思い出されてくる

 

 中古の躰は学びやすくして、然も秀歌は難かるべし。

 (…)今の躰は習ひ難くて、(よく)心得つればよみ易し。

 

中世の歌人文人たちは

虚心坦懐に読むと

現代のそこらにいる人たちのように

やけに身近な

肌感覚でよくわかる感慨を吐露している場合が多いが

定家のこんな言葉も

なんとも近く

ありきたりにさえ感じられる

 

 いはんや老に臨みて後、

 病ひも重く、うれへも深く、沈み侍りにしかば、

 ことばの花色を忘れ、心の泉みなもと涸れて……

 

しかし

この痛切感

このワカル感

このアルアル感こそが

古典

というものの真骨頂なのだ

 






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