2017年12月8日金曜日

『リュリュ』(譚詩1994年作)9


5 死

 「あの…、姉のお友だちでいらっしゃるんですか」
 リュリュの妹だという人に、電話でこう聞かれた。私は、ある喫茶店でよく会って、いい話し友だちだったと答え、詮索されるのを避けて、こちらからすぐに、ところで最近彼女が来なくなったが、どうかしたのか、と聞いた。
 「それが、どうしたのか、急にいなくなっちゃったんです。姉の住んでいるマンションを管理している不動産から連絡があって、数カ月家賃が未納になっていると言われて… べつに実家に帰っているわけでもないし、ひょっとして家の中で倒れて死んでしまったのではと心配して、かなり覚悟して、管理人の人といっしょにドアを合鍵で開けて入ってみたんですが、いませんでした。部屋の中はきれいになっていて、ちょうど旅行にでも行くような感じに整理されていました。まあ、あまりものを持たない人でしたから、いつもの通りということかもしれませんけれど。で、とにかく、どこへ行ったのか捜さなきゃというので、アドレス帳などをそこから持ってきて、いろいろな方にこうしてお聞きしているところなんです…」
 「アドレス帳にぼくの電話番号、ありましたか」
 リュリュにはたしか、電話番号を教えたことがなかったので、不審に思ったのだ。
 「ありませんでした。でも、いただいたお葉書があって、そこにご住所がありましたので、調べて、わかったんです」
 たった一度、リュリュに葉書を出したことがある。夏、ある高原にアルバイトに行っていた時のことだ。ペンションで料理や雑役のすべてをやった。オーナーとそりが合わず、はじめの日から対立していた。なにをやっても仕事にけちをつけられるし、それとなくいじめを受けるしで、十日ほど辛い日が続いた。はじめの予定ではひと月ほど働くはずだったが、オーナーのいじめに対して私のほうからも念の入った仕返しをして対抗するようになったので、ついに解雇された。
 山を下って歩いて帰る途中、ある湖のほとりに小さな食堂があって、そこで少し休んでいこうという気になった。軽いものを食べながら、そこのおかみさんと話した。ペンションで働いていたが、解雇されて帰るところだと言った。そういうことなら、うちで夏じゅう働いていかないか、ちょうど亭主が腰を痛めて困っていた、私ひとりでもなんとかならないではないけれど、誰かひとりいてくれるとだいぶ違う、とおかみさんに言われた。
 「あまり高い給料は出せないけれど…、まあ、こう言っちゃなんだけれど、学生さんの夏のアルバイトということなら、ここでやるのもそう悪いということはないわよ。あたしの孫になら勧める仕事だけどね。いいおかみさんだしね」
 こう言うと、おかみさんはハッハと笑った。これだけでも、ペンションでの一週間の不快さがすっと消えていく気がして、残りの夏を私はここで働くことにしたのだった。
 葉書はここから出した。湖はむこうの山と映えて美しく、人のほとんどいない朝の風景などは、大げさに言えば、恩寵かなにかのようだった。昼間は、思った以上に客の入りがあり、忙しかったが、仕事は楽しかった。夕方にはまた、山と湖の美しい時間が来る。水際に恋人同士らしい男女が夕陽を浴びて歩いているのを見るのも悪くなかった。人が多少はしゃいでも、すぐに静寂が来て、水面の光の揺らめきだけが生あるものとして踊り続ける。それに気をとられている間に闇が次第に濃くなっていく。そういう情景の中にいることは、この上ない喜びと言ってよかった。葉書にはたぶん、こうした湖畔のことを書いたと思う。

 (第5章 続く)


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