2015年5月30日土曜日

喰い尽くしてぞ逝かんとす


    まだまだここからがいいところ
    奥田民生  『これがわたしの生きる道』
  


何人もの詩人さんに会ってきた
お金のある人はどんどん詩集を出していた
お金のない人は磨きに磨いた一冊を
いつか出版して詩壇を一変させるのだと
研鑽に研鑽を重ねていた
酒飲みが多かったが
ひょろひょろ胃弱の青白い
酒飲まずだって多かった
口数少なく声の小さい
静かな人が多かったが
大言壮語のオヤジ型や
精神異常の院生ふぜいも
けっこういたいた
みなつまらなかった
みな盛り下がる場末型

数十年も経てば
おゝ、自然の淘汰の偉大さよ
もう誰も残ってはいない
探しに探せば
あの人らの
詩集は見つかることもあるけど
意気軒高だった詩人さん
御自身たちは今いずこ?
たぶんお墓へ?
もちろんもちろん
ほんとのお墓へ
でもそれだけでなく
心のお墓
精神のお墓
思考のお墓へも
逝ってしまったみたいな感じ
どこかでほそぼそ詩集してる?
まだまだどんどん詩集をしてる?
人に見られず
読まれないのも
ある程度の年齢までは
艱難苦行
勲章のうち
けれど白髪もチラホラすると
見られた~いさん
読まれた~いさんらは
ホロホロ散りゆく桜のはなびら
ボットリ落ちる椿の花
ボロボロ抜ける老い人の歯

好きの一途で書いてきたなら
人生煮詰まる途上にて
いよいよ老いていく道で
どうして書いていかぬのじゃ?
これからこそがいいところ
本にまとめる?
本を出す?
欲ぼけヤングにやらしとけ
そもそも出版なんぞ
夢見る時点で世間の荒波に
乗れなかった奴、敗残者
どうせ他人の本だの思いは
せいぜいよくって酒場の肴
「あの人があゝ言ってるってサ
「へえ、あの人がねえ、ところでサ…
「あの本けっこうつまらなかったゼ
「そうだろうナ、あんな本
「えらく難しく書いてたゼ
「何者かになったつもりなんだろサ
「人生がどうのと言ってるゼ
「言われなくってもわかってらァ
馴染みの喜怒や哀楽と
終盤戦にかかっての
憔悴凋落衰退グツグツと
いよいよ煮込み極まって
行く頂点に到るのに
どうして
どうして
書かずにいられる?
さあここからがいいところ
まだまだこれからがいいところ
下手な出版欲など起こさず
これっぽっちも
ビタ一文も
出版業界など儲けさせず
ただただ書き読む機械になって
さらにモンスターになり募り
すべての文字や情報を
ムシャムシャ消費し
グチャグチャ排泄
この世の文字や表象や
自然現象
人の醜さ
ありとあらゆる出来事を
喰い尽くしてぞ逝かんとす
喰い尽くしてぞ逝かんとす




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