満月の時は曇って
月は見えなかったし
その次の十六夜の月も
やはり見えなかった
今夜
立待月は
夜も遅くなってきた頃に
煌々と輝いてみえる
とても澄んだ光なので
手すりに凭れて
しばらく見惚れてしまう
月の上を
薄雲が流れていき
ときおり朧月となるのも美しく
ゆっくりと動き続ける絵画が展開されている
こんな光景に恵まれ
しあわせな夜となった
ひとはこの世の真実を見ようとして
まわりを見まわし続け
他人がこしらえた言語メディアや
写真や映像メデイアを渉猟し続けるが
鮮明な光を降ろしてくる時の月ほど
この世の真実そのものを
感じさせてくれるものはない
照りつけてくる昼間の太陽も
その下の木々や草葉や
石や硝子やさまざまな建材なども
どれもこの世の真実の
その時々のさまなのだが
おそらく情報量が過剰すぎて
意識のほうは真実としての受け止めに
かなり戸惑ってしまうらしい
さまざまなものが見えにくくなる
月あかりの夜ほど絞られた状態のほうが
この世の真実とは
本来どういうものだったか
わかりやすくなるのかもしれない
澄んだくっきりした光を投じてくる月を
この世の真実と受けとるなどとは
なんという曖昧模糊とした幻想趣味か
と一笑に付されそうだが
月の光というのは
見えるそのままを受けとって
月のまわりに染みひろがる様子や
表面を流れていく雲のさまざまなどをも
つぶさに見あわせていくべきで
そうした態度こそが
こういう場合の月に対する
もっともふさわしいものでもあるし
このようにある時
光景を見る側や受けとる側にも
無用の迷いや揺るぎが生じづらい
この世の真実に対しては
受け取る側のこうした迷いのなさや
揺るぎのなさも
欠くことのできない顕現の条件となる
ひとはこれやそれが真実だと言い
さらにはあれが真実だと言い続けて
それらを伝えたり表現しようとして
海に寄せる波が立てる泡のひとつひとつのような
無限の表象をこしらえ続ける
割れて砕け散った鏡のこまかな破片も
ひとつひとつ月光を映すように
たしかに人工の表象には真実が散っているのだろう
しかしそれらは小さすぎるし
歪んでしまっているし
見づらいことこの上ないので
なんの機材も要らず
特別な技巧も要らない
古来の風流人のだれもがやってきたやり方で
じかに空を見上げて月を視覚にとらえ
黙って見つめ続けているに如くはないだろう
月がきれいに見え
月光を眺めるのがひたすら楽しい夜に
黙ってただ月を眺め
眺め続ける時間を心身に受けて
小賢しい科学論に思念を巻き込ませず
詩歌のひとひねりもしようとせず
いつまでも月に向かって時間そのものとなるひとだけに
この世の真実は開示され染み入ってくるだろう
そういうひとは真実をしゃべりもせず
伝達も表現もしようとせず
真実の顕現の瞬間の側に
すこしでも寄り続けようとするだろう
この世の真実は
言語や思念や表象などの網でのみ掬いうる
粗い繊維で織られた人界の認識界に広がっていくことはない
しかしそれでよいのであり
真実の側はすこしも損われたり毀損されることはない
人界の粗い認識網から抜け出さない意識が捉えきれなくても
まったく損われることなく
毀損されず
つねに同じようにあり続けるのが
真実だからである
そしてこの世の真実は
つねに
同時に
この世以外の真実でもある
真実には地方性はなく
領域性もない
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