2019年6月20日木曜日

たゞ生きていればいい

 

ひとはたゞ生きていればいい

あれをするか
これをするか
それともあれをせず
これをしないか
そんなことはほんとうにどうでもいい

それに
だれであるか
どのようであるか
そんなことも
ほんとうにどうでもいい

こう思っているので
どうも世の中とはおりあいが悪い感じだが
ここに来るまでには
たゞ生きているだけじゃいけない
そんなのは人生ではない
とかなんとか
そんな考えかたもずいぶん押しつけられたり
洗脳されたりしてきた時期があったのだ

ひとはたゞ生きていればいい

爪の先まで染みとおるように思うようになると
生きていればいい
とか
ひとであること
とか
そんなのもどうでもよくなってくる
生きていても
生きていなくてもいい
ひとであろうと
虫みたいであろうと
たまたまそのときそうあるようであればいい
そんなふうに思うようになってくる

人目を惹くのはいやだし
便利でもあるし
そこらのひととあまり変わらない風体をしているが
そんなこともどうでもよい
だいたい
そこらのひとのようであることほどおもしろい変装って
なかなか
ない

ひとはたゞ生きていればいい

生きていたあかしを残そうとすると
たちまち
生きていることは損なわれ出す
生きている実感を
なにかの表象を使って映し返そうとすると
生きていることは
もう
なにかのための材料になってしまって
生きていないことになってしまう

放っておくことが
ほんとうに
ひとは苦手だ

たゞ放っておけば
なんであれ
勝手に整っていってくれる
というのに




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