滝壺ででもあったのだろうか、
暗い奥のほうには岩の壁が弧を成している
どこかから水が湧いているらしく、
いまは、浅い清水の溜まりになっている……
深山なので、宙を漂っていると肌ざむい時があるので、
タオルケットを身体に掛けながら、
この、かつての滝壺らしいところにも、漂ってきた
清水の溜まりは小川の源流にもなっているようで、
扇状になった澄み切った浅い池から、数カ所、細い流れが出ている
面白いのは、水の上に、 蔓植物の繁った橋のようなものがあることで、
4メートルほどはあるのか、長方形の密な葉の絡みあいが、
奥のほうへと伸びている
誰が拵えたのか、なにかの祭儀にでも使う台だったのか、
葉が繁っているほかには特徴もない、 簡素なかたちの長方形とみえる
ずっとそうしてきたように、水上から1.5メートルほどの高さを
ゆっくりと漂い続け、この台に近づいていった
台もだいたい同じ高さなので、その下を潜ってみるには、
もっと水に近づくようにして、高さを下げていく必要がある
1メートルほどに下がり、さらに80センチほどに下がってみると 、
水面はずいぶん身体に近づいてくるように見えて、
なんでもないことなのに、少し心臓がどきどきとする
宙を漂ったり、飛行して過ごして、 物にはじかに触れないというのに、
やはり少しでも接近していくと、心は緊張し、興奮する
あっ、と思うまもなく、 背に掛けていたタオルケットが落ちてしまって、
浅い清水の上に広がってしまった
すぐに左手で持ち上げて水から上げ、両手でまとめて絞ると、
つかの間、細い滝のようになって、水たちは池に戻っていった
想像していたように水は冷たく、爽やかさが手の肌に染みた
水面に近いまま、しばらく、ほんとうにゆっくりと、
このかつての滝壺のひろがりの奥のほうへと進んでいく
奥には岩の壁が幕のように半円のかたちで立っているだけだが、
木々が空からのひかりを遮っているので、暗くなっている
なんでもない当たり前の暗がりだが、そちらに進んでいくのは
少し怖いように感じられ、自然というものの、場所場所の異なり、
光と闇とがいつも見せる効果の不思議さを、漂いながら、
ここでも感じ続ける
奥の、岩の壁まではけっきょく行かず、2メートルぐらいまで
近づいたところで、宙に止まり、 そのあたりの雰囲気の中に少し居てから、
浮いたまま、足先のほうから後退して行った
悪い場所ではなく、害を受けるような波動もなく、 怖くもなかったが、
宙に漂いながらの来訪であっても、これ以上、 こちらの波動の闖入によって
乱さないほうがよいように感じた
水の溜まりから細い流れがいくつか出ているあたり、 奥の岩の壁から、
もうだいぶ離れた、明るいあたりまで戻って、
もう一度、かつては滝壺のようだったらしい、 この行き止まりのひろがりを
見渡し直す、雰囲気を感じ直す
さっき濡れたタオルケットを、右手や左手に持ち替えながら、
これをどこで乾かそうかと考えはじめている
水を含んで少し重くなっているので、 細い枝に干すのではかわいそうだろう、
どこかの高原のような、見晴らしのよい、 風あたりのよいところで、
しっかりした枝に拡げて、明日まで放っておこうか、と思う……
0 件のコメント:
コメントを投稿