1
川と川は
土手の下の水路でつながっている
そこのなかに
どうやら
死体は引っかかったらしいな
警部がそう言うので
そんなもんかな
ありそうなことだな
と
ぼくは思う
専門の潜水夫じゃないのに
水に潜るのが好きなので
なにかあると
このあたりの警察や消防では
金野獏に
潜水の作業は任される
今回も
やつに頼むよ
金野獏に
な
警部が言う
2
キム・ノバク
なんて呼ばれているから
韓国人か
朝鮮人かな
と思っていたら
そうではないらしい
かといって
日本人かどうか
それも
はっきりしない
日本人だったら
キンノ・バクか
それとも
カネノ・バクとでも
呼ぶだろうから
やっぱり
違うのかな
朝鮮人なのかな
と
ぼくは思ったりした
3
けっきょく
金野獏が潜水しても
死体は
見つからなかった
とうに川に流れ出て
下流に
ずんずん
流されていってしまったのかも
しれない
ぼくは
川の水のなかを
ずんずん
流されていく死体の気持ちを
思ってみた
海のほうに向かっていくのは
たいそう
気持ちがよかっただろう
なにせ
そこの川は
南洋に向かっているのだ
4
きみにだけ言うけどね
と
金野獏が
ぼくに言った
土手の下の水路のなかは
じつは
想像を超えた別世界で
楽園なんだ
極彩色の
うれしくなっちゃうような
ごきげんな別天地で
食べ物も豊富だし
みんな裸で生きているし
いちど行ったら
もう戻ってなんか来たくなくなるような
すてきなところ
探している死体も
ちゃんと
そこにいたのさ
ただし
ちゃんと生きたすがたでね
死体
(ということになっている女性)
に言われたよ
ここにいるなんて
言わないでね
もう戻りたくないの
ずっとここで生きていくの
そこのみんなからは
おまえも来い
来い
って言われたんだよ
でも
なんていうか
おれ
こっちの世界の
うらさびしい
わびしい
むなしい
無意味な時間と空間と
ひかりと闇の綾が
けっこう嫌いじゃないんだよね
もうちょっと
味わいたいなと
思ってるんだよね
だから
そのうち来るよ
でも
もうちょっと
あっちで生きてみるよ
って
言ってきたのさ
5
こっちの世界の
うらさびしい
わびしい
むなしい
無意味な時間と空間と
ひかりと闇の綾
・・・って
言いかた
けっこう
うまく言っているな
と
ぼくは思った
ぼくにも
そんな
こっちの世界の味わい
けっこう
わかるものだから
いずれにしても
いつまでも
いるわけじゃないんだし
6
金野獏からは
キム・ノバクという呼び名の
由来も聞いた
むかし居た
美人女優の名の
あの響き
いいなあと思ったんで
ここに移り住んだときに
名乗ってみたんだ
そしたら
みんな
この名で呼ぶようになってね
なぁに
本名はちゃんと
役所には登録されているよ
金野獏
というのが本名で
コンノ・バク
っていうんだ
獏
なんて
へんな名だと思うだろうけれど
ぼくの父
動物学者で
獏の専門家だったんだよ
ちゃんと
英文の研究書なんか
書いちゃったり
してたんだよ
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