2025年1月7日火曜日

桃の花の夢のような満開のさま

 

 

 

あれは

小学校の何学年のころだったか

 

サラリーマンだった父が

独立して

越谷のほうの辺鄙なところに

塗装工場を作ったことがあった

 

車に乗せられて

ときどき

その工場に行くと

春先など

まだ暖かくならないころ

まわりの桃園が

桃の花で満開になって

それこそ

小さな桃源郷のような別世界となり

花をひとつひとつ見たり

かおりを嗅いでまわったり

少年には

ほかでは得られない楽園となった

 

ディズニーのなにかの物語で

似たような花ざかりの中に

陶然として入り込んでいく話があったが

子どものじぶんとしては

それを思い出して

現実に目の前にする楽園の比喩とするのが

精一杯だった

 

塗装工場はうまくいかず

父は途中で畳むことになってしまい

まわりの桃園の満開時にも

二度とは行けなくなってしまったが

それだけに猶のこと

満開の桃の花の園は

記憶に楽園として残ることになった

 

春先になったり

春になったりすると

梅園の満開のさまや

桜の満開のさまは

ほうぼうで見ることができるが

桃の花の夢のような満開のさまは

町中やそこらの郊外では

なかなか見ることはできない

 

一生にたった一度だが

あの春先にだけ

桃園をひとりじめして

たったひとりで

あんなにたくさんの桃の花を

ひとつひとつ見つめ

かおりを嗅いで

たっぷり時間をかけてさまよい続けたことが

わたくしにはあった

 

 





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