短歌草紙「行」第五号 平成九年六月 (1997年6月) 所収
色好みならざらむ男は、いとさうざうしく、
玉の盃の底なき心ちぞすべき
徒然草 第三段
柿の葉のなほつやつやと若葉なる季節へのことば記し置かむか
夜半よりいよよはげしき雨となりこころの初夏の傾るるごとし
ジャスミンの香の厚ければタぐれの小暗き路地に歩み緩びき
喧騒のゆふぐれ愛しき市場過ぎてなほ生きむかと呟きてをり
思ひ出の頻りなる午後いつまでも列車のひととして暮れむかも
ふるき和紙二三枚ほど燃やしたし炎ちかごろ見つめざりしゆゑ
菖蒲咲く池のほとりに生きまどふ霊ありやわれ触れられゐたり
波うねるただ茫漠の海の景思ひて会議の席に着きたり
降り募るはつなつの雨のなか駈けて会ふべきひとの待つごとく行く
雨続く季節の書物やはらかきぺエジやさしく波うちてをり
卯の花のふるうた好みしひと逝きてなべて垣根のゆかしと思ふ
暑き日の次も暑き日あけがたに起き出でて空の静けさ仰ぐ
胸ふかく風邪に傷みて縁側によろこびて揺るぐ雑草眺む
どくだみの清きしらはな避けぽつぽつ肢を落として白猫来る
庭すみのおほきかる蛙動かざりかのごとく土を抱きしことなし
会はずあれば深み増しゆくかのひととのあはひに開くごとき朝顔
名をしらぬ黄なる小花のてんてんと咲きゐるばかりなるよき径
傘ひらくばかりのことに開かるるこころのさまの今朝のうれしさ
泥濘に真新しき靴さし入れむと伸ぶれば足も足に戻りき
嵐来る夜にこみ上げくるごとき暑さのなかを黄金虫飛ぶ
おほかたは手にとれば林檎つめたくて旅の遠さを握るごとくに
性愛はひたすらによし南中の日の下ひとり溶けゆく氷
咳つづく夜から朝の浅夢はながるる水のおもてのごとし
鐘の音をちかごろ聞かぬわが耳の寂しんでをり乗り換への駅
真剣に西瓜喰ふ顔るならびてしばらくは夏の昼のしづけさ
かたつぶりおそらくは走りをるらしくわづかに揺れのやまぬ八手葉
[初出] 短歌草紙「行」第五号 平成九年六月(1997年6月)
(編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5 ホース115-205)
0 件のコメント:
コメントを投稿