2026年1月14日水曜日

ミミは大丈夫だろうか?


 

 

 

Ecrire c’est aussi ne pas parler.

C’est se taire.

C’est hurler sans bruit.

Marguerite Duras   Ecrire, Gallimard, 1993

 

書くこと、それはしゃべらないことでもある。

それは、黙ること。

それは、音も立てず、叫ぶこと。

マルグリット・デュラス『書くこと』

 

 

 

 

 

夕暮れになってふと寒くなった時

ミミは大丈夫だろうか?

まだ帰ってこないのだろうか?

毛皮に包まれていたって

急に気温が落ちたこんな時は

やっぱり寒いだろうに

と思った

 

というより

こんなことを思ったものだったな

ミミを飼っていた頃は

と思った

 

と思った

のではあるが

四つも前の住まいにいた頃に

夕暮れになってふと寒くなった時などに感じていた

臨場感あるリアルな感覚を

ふたたび感じていたのも事実だった

 

ミミという猫がいつも自分の近くにいたのは

もう20年ほど前のことで

今のように猫は家の中で飼うものという社会的締めつけが

まだまだ希薄で

そこらに空地もあれば荒れた庭もまだいっぱいあった住宅街では

一軒家で飼われている猫というものは

たえず庭に出たり家の中に入ったり

庭に出れば周囲の家の庭にも見まわりに出て

あたりの道路も溝も屋根の上も

自由自在

縦横無尽に

歩きまわって

そうしてお腹が空くと戻ってきて

台所でなにか食べ物を出してもらうのを待っているものだった

 

だいたい

ミミはしっかりと飼っていた猫でなく

もともとは隣の家の子猫で

隣の家も家の中には入れずに庭で餌をやって飼っていたという

外猫というとちょっとよそよそしくなりすぎるが

庭猫とでも呼んだらいいような猫で

それが

わたしたちが引っ越してきた当日に

台所の窓の植木飾りの台の上にちょこなんと座って

こちらの家の中を見つめ続けていたので

窓を開けてやったら台所にピョンと飛び降りてきて

面白いから

なにか食べ物をやってみたら

そのまま家に居付くようになってしまったのだった

 

なので

わたしたちとしても

ちゃんと「飼っていた」というのとは違う感じがずっとあり続けたし

誰の所有かと言えば隣の家の人たちの所有する猫だったし

けれどもこちらの家で毎晩眠るようになっても

隣の人たちはなんとも行ってこなかったし

なにからなにまで曖昧な立場を保ち続けた猫であった

 

ミミという名前からして

わたしたちがつけた名ではなくて

隣の人たちが庭で「ミミ、ミミ」と呼んでいたから

そういう名なのかとわかって

こちらでもミミと呼ぶようになっただけのことで

わたしたちとしては

移り住んできた土地にあらかじめ行われていたやり方に

素直に従ってみただけのことだった

 

そんなミミは

日中は近隣のあちこちに忙しく出向いて

わたしたちが仕事から帰ってくる頃に

どこからか玄関前に飛び出してきて

いっしょに帰宅することが多かったが

暮れ方になってもまだ外でなにかやらかしていて

冬の薄闇の立ち込める寒くなってくる頃に

庭のほうの窓をドンドン叩いて帰宅を知らせたり

台所のガラス窓をドンドン叩いて

早く入れろと要求してきたりするのだったが

たまになかなか帰って来ない時など

ミミは大丈夫だろうか?

まだ帰ってこないのだろうか?

毛皮に包まれていたって

急に気温が落ちたこんな時は

やっぱり寒いだろうに

と思ったものだった

 

20年ほど前に死んだミミが

ふいに

今になってありありと蘇ってきた感覚

というのではなしに

20年ほど前まで

暮れても帰って来ないミミに対して抱いていた思いが

ふいに

ありありと蘇ってきたのだった

 

わたし自身のあの頃の思いの

ありありとした回帰が

物質感とでもいうべき臨場感を以て

蘇ったのだった

 

わたしのあの頃の思いは

どこまで

わたし自身だろうか?

 

もう少し

細かく問い直そう

 

あの頃のわたしのあの頃の思いは

どこまで

あの頃のわたし自身だろうか?

 

あの頃のわたしのあの頃の思いは

どこまで

今の

わたし自身だろうか?






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