2026年1月22日木曜日

バイロン卿は1月22日のご生誕

 

 

 

 

枕頭には

いつもバイロン詩集がある

 

もう

たびたび開く

というわけでもない

 

ふと昨夜

ページを繰ってみたくなり

ひさしぶりに

She Walks in Beauty

覗いた

 

 

.

She walks in beauty, like the night
Of cloudless climes and starry skies;
And all that’s best of dark and bright
Meet in her aspect and her eyes:
Thus mellowed to that tender light
Which heaven to gaudy day denies.

 

II.

One shade the more, one ray the less,
Had half impaired the nameless grace
Which waves in every raven tress,
Or softly lightens o’er her face;
Where thoughts serenely sweet express
How pure, how dear their dwelling place.

 

III.

And on that cheek, and o’er that brow,
So soft, so calm, yet eloquent,
The smiles that win, the tints that glow,
But tell of days in goodness spent,
A mind at peace with all below,
A heart whose love is innocent!

 

 

like the night of cloudless climes and starry skies

という展開によって

バイロンはバイロンとなり

ひさしぶりに見ると

やはり

これは新鮮なしぐさ、詩ぐさ、だ

 

気まぐれに

年譜を開いてみる

 

と!

 

おお!

 

なんと

バイロン卿は

1月22日のご生誕であった!

 

世に偶然というものはない

とすれば

わが枕頭に

バイロン卿が出向いてきてくださった!

ということ

 

詩人や作家や芸術家の猫好きは多いが

バイロン卿も稀代の猫好きで

五匹も

愛猫を擁していたという

犬も馬も飼っているのは当然としても

鳥や猿まで飼っていた

 

もっとも

18世紀末から19世紀はじめ

猿を飼うのは流行していたようで

フランスのバンジャマン・コンスタンなども

飼っていた

 

ゲーテに

今世紀最大の天才

と評されたバイロンは

なみはずれた速筆だったというが

一気呵成に書き上げていく姿は

できれば

彼の猫の目にでも忍び込んで

観察してみたかった

詩劇『海賊』は4日間で書いたというし

『アバドスの花嫁』は10日間で書いたとか

詩集『ララ』に至っては

舞踏会から帰って服を着替えるあいだに

書き上げてしまったらしい

 

乱脈ともいえる

多彩な女性関係は有名だが

ジェーン・エリザベス・スコットだの

キャロライン・ラムだの

オーガスタ・リーだの

マリアナ・セガティだの

マルガリータ・コーニだの

グイッチョリーニ伯爵夫人テレサだの

とめぼしい名を挙げ直してみると

さほどの漁色家ともいえない

20代30代の男としては

ごくふつうの女性経験の数だろうが

彼のつねに大きく揺れ動く

不安定な精神状態につき合わされた女たちは

いい迷惑だったかもしれない

 

異母姉のオーガスタ・リーは

バイロンの娘エリザベス・メドラー・リーを産んだが

結婚したものの一年ちょっとで離婚したアナベラ・ミルバンクも

バイロンの娘エイダ・ラブレスを産んだ

 

数学を愛したこのエイダ・ラブレスは

長々しく名前を言えば

ラブレース伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キング

Augusta Ada King, Countess of Lovelace)となるが

世界ではじめてのコンピューター・プログラムの発案者だともいわれる

 

実際には

数学の師にあたるチャールズ・バベッジの

イタリアでの解析機関についての講演記録を翻訳し

多量の訳注をつけて英語圏に紹介しただけだったともいうが

そうはいっても

パンチカードを利用してベルヌーイ数を求めるための

ベバッジの解析機関用プログラムコードのコーディングミスを指摘

ベバッジも気づかなかった解析機関の可能性に言及していて

エイダ・ラブレスの慧眼はただならぬものがあったと見るべきだろう

「たとえば、

これまで音楽学の和音理論や作曲論で論じられてきた

音階の基本的な構成を、

数値やその組み合わせに置き換えることができれば、

解析エンジンは曲の複雑さや長さを問わず、

細密で系統的な音楽作品を作曲できるでしょう」

という彼女の考察は

アルチュール・ランボーにそのまま通じていく

詩作は数学であると喝破し

アインシュタインとも交流のあったポール・ヴァレリーなら

エイダ・ラブレスのよき話し相手となっただろう

 

三島由紀夫の16歳の時の作品の

『花ざかりの森』のエピグラフに引かれた

 

かの女は森の花ざかりに死んでいつた、

かの女は余所にもつと青い森があると知つてゐた

(堀口大學訳)

 

の作者シャルル・クロス(Charles Cros)も

エイダ・ラブレスとは話が弾んだかもしれない

というのも

シャルル・クロスは

パレオフォーン(paléophone)という蓄音機の発明によって

トーマス・エジソンと特許争いをした発明家であり

強力なライトで火星や金星と交信する発想を

「遊星間の通信法についての研究」という論文にまとめてもいるばかりか

1869年の時点で

色彩写真に関する「三色写真法」研究成果をまとめており

数学や化学や哲学や医学や音楽を修め

ギリシャ語、サンスクリッド語、ヘブライ語などの古典語から

ドイツ語やイタリア語まで習得していた

知の巨人だったからである

 

バイロン卿

George Gordon Byron

不意打ちのようなお導きに

感謝!

 

そして

お誕生日おめでとう!

バイロン卿!






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