2026年1月27日火曜日

世界の見え方を同じにすることは

 

 

 

忘れがちなこと

 

世界の見え方を同じにすることは

個人と個人のあいだで

わずかであれ

また

永遠に

不可能であること

 

世界の見え方を構成する与件が

ふたりの人物のあいだで

仮に同一であり同数であるとしよう

 

そうであっても

それらが与えられる順番や環境が

完全に同じでないかぎり

発生させられる印象は異なってしまい

その後の意識の様相は異なる

 

世界とは観察者の意識のあり方なので

このふたりの人物において

もはや世界の見え方は同一とはならない

 

しかも

それぞれの人物は

これらの与件を投入される以前に

異なった意識や意識の流れを持っており

そうした異なりは

人格や性格や習慣の差としてさえ

記し込まれている

 

言語によるイメージや表象や概念の交換によって

(よく、対話とか討議とか討論などと呼ばれる)

世界の見え方を合致させようとしても

それは表面的な擦り寄せに止まる

 

たったふたりの人物でさえ

死の時まで

世界について同じ見え方を共有することはできない

 

理解や親和が

世界の見え方(「世界」とは未来への見通しや企画や望みも丸ごと含む)

と無関係に生じうるのならばいいが

そう考えることには

無理がある

と考えるのが一般的だろう

 

世界の見え方を共有しない者どうしは

物理世界を感じとる感応においては同一刺激を受けるにせよ

その解釈さえも不一致である以上

それぞれ孤絶している

 

共感や理解や

それらにもとずく親和や

さらに信頼は

この地上では不可能であり

それらが可能であるかのように妄想することはできても

だれもが皆

永遠の底知れない孤絶のうちに

いずれ肉体的意識を失っていくだけである

 





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