忘れがちなこと
世界の見え方を同じにすることは
個人と個人のあいだで
わずかであれ
また
永遠に
不可能であること
世界の見え方を構成する与件が
ふたりの人物のあいだで
仮に同一であり同数であるとしよう
そうであっても
それらが与えられる順番や環境が
完全に同じでないかぎり
発生させられる印象は異なってしまい
その後の意識の様相は異なる
世界とは観察者の意識のあり方なので
このふたりの人物において
もはや世界の見え方は同一とはならない
しかも
それぞれの人物は
これらの与件を投入される以前に
異なった意識や意識の流れを持っており
そうした異なりは
人格や性格や習慣の差としてさえ
記し込まれている
言語によるイメージや表象や概念の交換によって
(よく、対話とか討議とか討論などと呼ばれる)
世界の見え方を合致させようとしても
それは表面的な擦り寄せに止まる
たったふたりの人物でさえ
死の時まで
世界について同じ見え方を共有することはできない
理解や親和が
世界の見え方(「世界」
と無関係に生じうるのならばいいが
そう考えることには
無理がある
と考えるのが一般的だろう
世界の見え方を共有しない者どうしは
物理世界を感じとる感応においては同一刺激を受けるにせよ
その解釈さえも不一致である以上
それぞれ孤絶している
共感や理解や
それらにもとずく親和や
さらに信頼は
この地上では不可能であり
それらが可能であるかのように妄想することはできても
だれもが皆
永遠の底知れない孤絶のうちに
いずれ肉体的意識を失っていくだけである
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