(49の引用のみに依る詩篇)
もはや祖国に正しい円のひとつもなく
含蓄草がうつむき水を吸っていたとき[2]
降ってくる、雪[3]
あたたかい建築を切ってゆく[4]
(ここに、いないで…)[5]
地球が悪い[6]
皮膚だけが燃え[7]
溶けゆくぼくたちは恥のようにつらい歴史[8]
やつぎばやの現代だ。
まぢかの永遠がみだれる。[9]
(戦後の現在も政治の言葉はあまり信じられない。[10]
明けて行く、放たれて行く、押し上げて行く、
…刻々の境、
そこで一日の始まりを拒む者…
反復がわずかにあらたまって反復でなくなる者も…
しかし、拒んだ者もその間際には
広い反復を見てその中へ身をゆだね、
あらたまった者もこれきりに反復の絶えた静まりを内に抱えて…[ 11]
世界が崩れて流れているのか[12]
やい 屏風[13]
火をへだてて呼びかける[14]
虐殺された山川草木の
ぎゃくさつされたさんせんそうもくの
精霊たちの
囁く声が聞こえてくる
道路ぎわに死体がみえる。ああ、夜になると
一人一人道路ぎわに立ちあがって、白い手をふる
虐殺された山川草木の
木蓮、ぎしぎし、泰山木
蛇籠に河童、猫じゃらし
木蓮、ぎしぎし、泰山木
精霊たちの
奥津城どころ
こんな神道は避けちまえ[15]
帆は風まかせ 私は私の手まかせ
遂に私自身にもかゝわりのない手をぶら下げて[16]
(どこまでもゆける気がした)
(だからまたとおくをまわってもどってくる)[17]
なかには、やさしい人もいて、[18]
抱いてもよい
他人が歩いている[19]
傷のようなやさしさがひろがる[20]
まだしばらくはこの世界はうるおう。[21]
もしや
あの
むごい思い出の
ほんの一頁分でも
まっ白に
ならないだろうか[22]
(なぜ戦争において、国家の本質が出てくるのか。
(国家は何よりも他の国家に対して存在するからだ。
(国家は、そのような対外的な面において、
(内部から見られるものとは異なる様相をあらわにする。[23]
かなしい兵器が
かなしいときに役立つ[24]
のっぺらぼうのこの町の けじめは
霧がつけに来るのだ[25]
ちょうど涙のにじむ速度で[26]
ああ未来の国家 それだけのこと
そしてめのまえの一本の杉
不定の位置に立つときかれは没落する
この赤らみゆく樹木の無意味に対して[27]
男は考える
この私に何ができるか[28]
私は青空なのだ[29]
わたしは言語をもてあそぶ者
また言語によって
再生される者[30]
知らないうたをうたって
知らない死を死んでるってことが…[31]
(デス・バイ・ハンギングは
(「首しめて殺す」とか「しばり首」とか言うところであろう。
(首しめて殺すならおさな子も分るが、 コウシュケイでは分らない。
(返り点も仮名もない漢文の辞世を読めたのは
(日本人の何パアセントであろう。
(「首しめて殺す」とか「しばり首」 では法の尊厳をきずつけるか。[32]
のつぺりと
私をたいらにする影は
いつたい何です[33]
ほほえみ には ほほえみ[34]
たとへ視るといふことが罰せられる季節がきても
わたしたちは限りなく視たいと考へる
わたしたちは眼のある季節について
わたしたちの構想をふくらませる[35]
それから 決断はゆっくりと…[36]
潮風が
懺悔しています[37]
かつてここにあった
いまは誰のものでもない
(…を生きるために)
夏のひかり
まばゆいばかりの空虚
超えがたいものを超え[38]
あやまちはあやまちとして[39]
ニャーニャーにミルクをやるのを忘れないでね さよなら[40]
ぼくは夢をみるんだ[41]
蘆の茂みの蛙よりもはげしく[42]
入りこむこと[43]
これから見るにちがいない幾つかの夢[44]
旅になかったあらゆるものがもう一度
星の箒に掃かれつつ、[45]
いまは死んだまま、[46]
何度でも[47]
花にまで至る[48]
やわらかさにしたがって[49]
[1] 吉本隆明「眼のある季節」
[2] 谷川雁「人間A」
[3] 朝吹亮二「〈終焉と王国〉秋の都会の冷たい…」
[4] Ibid.
[5] 吉田文憲「ここにいて」
[6] 加藤郁乎「トランジスター氏の精霊」
[7] 鮎川信夫「トルソについて」
[8] 長田弘「八月のひかり」
[9] 稲川方人「〈われらを生かしめる者はどこか〉(路傍よ)」
[10] 川端康成「東京裁判判決の日」
[11] 古井由吉「白い軒」。一部を断片的に引用。
[12] 渋沢孝輔「偽証」
[13] 堀口大学「屏風を叱る」
[14] 吉岡実「タコ」
[15] 吉増剛造「老詩人」
[16] 高橋新吉「そのとき」
[17] 新井豊美「庭」
[18] 金子光晴「そろそろ近いおれの死に」
[19] 佐々木幹郎「一千もの死」
[20] 堀川正美「日本海六〇・飛島で」
[21] 福間健二「まだしばらくは」
[22] 川崎洋「まじない」
[23] 柄谷行人「世界史の構造」第3部・第1章・3
[24]関根弘「水害風景」
[25] 石原吉郎「霧と町」
[26] 吉原幸子「月日」
[27] 谷川雁「人間A」
[28] 清水哲男「甘い声」
[29] 鈴木志郎康「少女皮剥ぎ」
[30] 吉岡実「夏の宴」
[31] 北側透「ポーのラブソング」
[32] 川端康成「東京裁判判決の日」
[33] 尾形亀之助「十二月の路」
[34] 川崎洋「ほほえみ」
[35] 吉本隆明「眼のある季節」
[36] 北村太郎「個体のごとく」
[37] 吉行理恵「波の戯れ」
[38] 新井豊美「庭」
[39] 鮎川信夫「夏への挨拶」
[40]寺山修司「トマトケチャップ皇帝 6」
[41] 田村隆一「未知くんへのメッセージ」
[42] 窪田般彌「誕生」
[43] 飯島耕一「見えるもの」
[44] 北村太郎「五月闇」
[45] 平出隆「冬の納戸」
[46] 高貝弘也「共生」
[47] 黒田三郎「紙風船」
[48] 鈴木志郎康「部屋の中で その二」
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