そのお爺さん
だいぶ前に都立図書館で出会ったのだけれど
恋愛小説しか読まない人で
およそレンアイという雰囲気から遠い感じなので
逆に印象ぶかいひと
明治からこっちの恋愛小説はよく読んでいて
特に昭和から平成の恋愛小説は
ほとんど知っているのではないかと思わされるくらい
あの小説のあそこの別れの場面はよかったとか
あっちの小説の初夜のところは
あれは失敗だとか
こっちの話の百合子はひどい女だねとか
義男だってあんなことをしちゃダメだとか
まるで近所で起こった痴話噺みたいに
後から後から話すこと
話すこと
ひさしぶりに会ったので
最近はいろいろと世界が騒がしくなってきましたね
と話かけると
お爺さん
新聞を読まないで小説ばっかり見ているから
なにが起こっているか
まるで知らずに
ほう
世の中はいつも騒がしいもんですよ
朝鮮で戦争があった時も、アナタ
新宿で大乱闘があった時だって、アナタ
というぐあいで
昔も今も一緒くたで
きっと
いつの頃からか悟ったのだろう
世の中の騒ぎをニュースで追っていたって
じぶんの中のなにかを求める思いは満たされない
おんなじ時間を
大好きな恋愛小説にだけ使おうと
そのほうが豊かだと
で
お爺さんに
世界のごたごたをなんにも話さなくなって
ひさしぶりだからって
角の甘味処でぜんざいなんかをいっしょに食べて
濃いめの緑茶をいっしょに飲んで
あの小説じゃ美智子がこういうところで白玉をネ
それをサ
宏が「クリーム蜜豆のほうがおいしいんだよ」 とかチャチャ入れてサ
とつき合いながら
そこの家の庭の白梅
ありゃあいい香りですね
うん
あそこのはいつも早咲きでネ
などと迎える
今年二月の
第二週の晴れた某日
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