いくつか
小さめのいなり寿司を買ってある
お茶も買っておいた
搭乗までまだ間があるので
広いロビーでぼんやりしている
ビニールレザーの椅子がたくさん並び
まばらに数人しか座っていないので
特別な空間のようになっている
いなり寿司をゆっくり食べながら
これから始まっていく旅より
今のこの空間のほうが
よほど得がたいもののように感じられる
こんな広いところに
しっかりした理由も権利もあって
見とがめられることもなく
しばらくのんびりと居られる
旅のさなかの
守られたひとりきりのこんな時間の停滞こそ
本当はいつも
旅の中ではいちばん貴重かもしれない
ときどきアナウンスが入る
世界中の空港に飛び立つ飛行機のどれにも
かならず
乗り遅れそうになる人がいて
呼び出しを受けている
日本語や英語
中国語
フランス語
スペイン語
ときどき
聞きなれない言語の場合もある
たくさん並んだ椅子のむこうで
ムスリムの父親が小さな子を抱いて
ロビーを行き来してあやしている
母親は椅子に座り
バッグの中を詰め直しているらしい
ときどき小さな食べ物を持って
夫の腕の中の子のところへ歩いて行き
口に含ませたりしている
彼らの近くに
日本人の白髪の小母さんが座っていたが
ひょいと立って
父子の近くに行って子どもに話かける
父親が笑っていろいろ答えている
小母さんは子どもの歳を聞いたり
どこに帰るのかとか
この子はどんなものが好きなのかとか
あたりさわりないことを聞き続けているのだろう
見知らぬ外国人とサッと親しくなってしまう
万国共通のあの年代の小母さんたちの得意技だ
座っていた母親が
バッグからipadを出して近づく
小母さんにそれを手渡す
家族三人の写真を撮ってくれというのだろう
小母さんは何枚か写し
三人に近づいて画面を見せている
小母さんの笑い声がすこし高くなり
片言の英語が切れ切れにここまで響いてくる
国際空港の
なんとのんびりした時間
そして
空間
小母さんも含めて
4人を撮ってくれと頼まれれば
私もいなり寿司を置いて
むこうまで歩いて行って撮ってやるだろうが
彼らの注意はここまでは伸びない
ipadは家族3人だけを写し
小母さんの姿はとうとう取り込まずに
家族3人の故郷へと向かうだろう
私の目は4人すべてを写し取り
彼らが見なかった
今後見ることもない彼ら自身の姿や
しぐさや笑い顔を
私の内に静かに焼きつけて
さらに
さらに多くの
見知らぬ人びとを写し取り続けるために
あと数十分もすれば
搭乗口のほうに向かい始めるだろう
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