2015年8月14日金曜日

この世を怖がってあんなに震えている子どものわたしに


Life is what happens to you
John Lennon  Beautiful Boy



大きな手術を母が受ける日が
そういえば
母の父である祖父の命日だったと思い出した
古い古い手帳をめくると
その日の19時54分
亡くなった時の様子がメモされていた

電話で伝えると
「それじゃあ、守ってくれるかもしれないわ
そう言ったかと思うと
「それとも、あの世に引っ張って行くかしら
「さびしいから、おまえもこっちにおいでよって
「引っ張って行くかしら
「たぶん、そうね
「引っ張って行くわね
小さなことながら
この母らしい
いつもの結論だった

子どもの頃
一事が万事こうした見方で
誘導され
教え込まれ
やり込められた
ちょっとの怪我でも
かならず大事になっていく
なにもかもが
大きな不幸に拡大していく
おまえは弱いからどんどん駄目になっていく
ママがいないとおまえはなにひとつやっていけない
少しよい成果ができても
ちょっとのミスからおまえのすべては必ず崩壊していく…
子どもはみな
人生の基盤をなす最も重要な時期の環境を選べないが
わたしもまた
環境を選べなかったあわれな子
親から毎日毎日染み込まされるこの洗脳の餌食になって
ついには少年時代すべてを
長い大病で過ごすことになった
長じてからスティーブン・キングの『キャリー』を観て
あゝまさにこんな母親
これほどひどくなかったとはいえ…
などと気づいたものだった

後年ある優れた霊能者のセッションをひそかに受けた時
「あなたは本当に苦労してきましたね
「親御さんの重圧によく潰されずに、まぁ、
「よく子供の時期を生き延びて…
「あなたの大病はみな親御さんの影です
「中学も終えていない子どもの大病は
「本当はみな親の悪影響なんです
「それにしてもよくまぁ、耐えて生き延びて、ねぇ…
そう言われて
それほどの洗脳だったのかと驚いた
もちろん霊能者の言うことをみな信じ込むわけでもないが
身近すぎる人間からの重圧ということで
わたし自身が看過してしまいがちになる部分を
ずばりと衝いた言葉に
心理学的に有効な自己解放の切り口を感じた

自分の思い込みと
わずかばかりの聞きかじりの知識と
学びを続けて自分の限界を破り続けようとはしない怠惰さと
自我可愛さを糧とする感情の論理とで
まわりの者を巻き込んで
妄想の帝国を周囲に打建てるたぐいの人種がいる
悪い人ではないかもしれないが
昔作り上げた自分の価値観だけで
外から来るあらゆる新たなものを切り刻み
粉砕し続けるので
少しでも客観的なものやまっとうな見方を求める人たちは
けっきょくその人のまわりに
誰ひとり残らなくなる
そんな人間をもっとも身近にあてがわれて
必死にたったひとり
正気と理性を保とうとしていた子ども時代のわたしが
ふと振り返ると
いつもひとりで背後に見えている

考えるということは
自然な思いつきを頭の中に追い続けることのようでいて
誰でもできるようながら
じつは思考を
自他の力を削がないほうへと向け続けるのには
毎瞬の気づきと
配慮と
意志とが要る
すべてについて悪いほうに
劇的なカタストロフィーのほうへ
破滅のほうに
そう思考を運ぶ母の癖を脱ぎ捨て去るのに
わたしは家出後の
数十年を要した
親から埋め込まれた思考の癖は
心の根の奥の奥に宿り込み
けっきょくは自分自身となってしまっているから
自分を根こそぎ殺し尽し
自分の土壌を改良し尽くさねばならない

それを
わたしはした

同窓会とか
旧友という言葉があり
進行中の今の人生にもう一切関わらず
影響も与えられず
過去のある時期に関わりあった
というだけの人びと
もう人生の博物館にお蔵入りになった人間関係
そんなものを指すが
わたしにとって母はすでにそうなっている
目の前でなにを語られようとも
どんなしぐさをしようとも
その言葉も思いも
もうこちらには届かず
母の自己愛の帝国の防衛手段としか見えず
あいかわらずの自己幻想の植民地主義としか見えないが
かといって
昔のある時期に関わった人の老体老心
それをいじわるに
陰湿に扱おうとするわけではない

母なるものを無条件に称揚する
ニッポンの詩歌も
歌謡曲も
文学も
これっぽっちも一切わたしに届かないのは
わたしのせいだろうか
わたしだけがひねくれていて
わたしだけが悪かったんですか
いつもいつも
悪いのはわたしですか
わたしだけですか

…そんなことを思いながら
このおセンチな
軍国にじかにつながった家族主義の
極東の黄色人種の島々で
母個人のあわれな心性と
母なるもののおぞましさと危うさと哀しみとを
もちろん考え含めた上で
家族的には不幸であったわたし個人の
細ぼそとわびしい人生を
たとえば賑やかな新宿渋谷の繁華街を横切りながらさえ
すっかりピカピカになってしまった東京の地下街を通りながらさえ
とろとろと
わのわのと
思い続けている

もしわたしが子を持ったなら
もしわたしが娘を持ったなら
もしわたしが息子を持ったなら
起こることすべてがきみたちにとって
どれもみんな素晴らしいこと
ただ生きていて
こんな痛みを感じ
あんな鬱陶しさを感じ
そんなことさえ
時期の限定された今だけの特別な経験
きみたちの心の中に湧いてくること
頭の中で連なっていく思いや言葉
そんなものに惑わされないようにしなさい
きみたちの過去さえ
どう育ってきたか
どう教えられてきたか
どんな本を読み
どんな人の話を聞き
それはそれでよかったよね
でもそんなすべてにも
縛られないようにしなさい
今というものは今によって抱きしめること
過去のあれこれで今を抱こうとしてはいけない
すべてをよいように
明るいほうへ
充実したほうへ
などというそんなこだわりもじつはひどいマヤカシだし
そんなことを勧めてくる人たちは
かならずきみたちを使い捨ての労働力にしようとする主たち
けれど
きみたちのお祖母さんがそうだったように
悪いほうへ
暗いほうへ
考えを
まわりの人びとを
まず自分を
世界を
引き込んでいこうとし続けるのは
なにより最大のマチガイ
そうしてけっきょく
自分だけをヒロインに仕立て上げようとするんだが
そんな雰囲気がチラリとでも臭ったなら
すぐにその人たちからは離れなさい
いっしょにいたっていいことはない
地上には何十億人も他の人たちがいるんだ
会うべき人たちがまだまだいる
自分だけヒロイン化計画
そんなものを企んでいる人たちにつき合う必要はない

もしわたしが子を持ったなら
もしわたしが娘を持ったなら
もしわたしが息子を持ったなら
あゝこんなことを
ちょっと言ってみるかもしれない
起こることすべてがきみたちにとって
どれもみんな素晴らしいこと
ただ生きていて
こんな痛みを感じ
あんな鬱陶しさを感じ
そんなことさえ
時期の限定された今だけの特別な経験
子どもを持つのを嫌う女たちと生きてきて
妊娠でもしたらすぐに中絶しますという女たちと生きてきて
結果的に今
子を持たないわたしが
昔の時間の奥の奥の
この世を怖がってあんなに震えている子どものわたしに
言い続けてやっているように

起こることすべてが
どれもみんな素晴らしいこと
ただ生きていて
こんな痛みを感じ
あんな鬱陶しさを感じ
そんなことさえ
時期の限定された今だけの特別な経験…




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