どちらの私を…、と少し逡巡する間に、たちまち
どちらの私の先にも万枝の私が伸び広がって繁茂してゆき
いつもあなたにどの私を差し出したらいいのか、迷ってしまい、
迷ってしまうまゝに、万枝の私それぞれも「私こそが
本当の統括者たる私…」と主張し始めるので、最初の私など
どれだったか、すっかりわからなくなっている始末、こんな時、
よく人は“道”とかいうものにすがるのだが、道を、
傍らの無数の草たちはけっして道とは認めないはずで、私、
という、ちょっとでも気を抜けば、気を散らせば、
かすれてしまいそうな声が、“道”のように見えるところの上、
見えないところの上にも、しばし漂って、聞こえなくなっていく…
消え失せてしまう、というのではなく、聞こえなくなっていく…
拡散してしまう、というのでもなく、蒸発してしまう、
というのでもなく、聞こえなくなっていく、…そこでしかたなく、
歴史の資料を集め直し、記述し直そうとする者のように、
私、と発語してみることから、(たいした見通しもないのに…)、
また始めてみたりする、万枝にたちまち分岐して、
どうにも収まりのつかない繁茂を統べる手立てもないのに、
しかも、“統べる”など、 ひどい悪行ではないかとの思いさえ持ち、
初めから多層のどの層でも分裂を抱えつつ、あゝ、また、
聞こえなくなっていく、たぶん、しかし、そこまでは…、
と、たった一人きりというのに反響は耳に届き続け、誰からの?、
私からの?、と隠微な問いも返り寄せ続き、 聞こえなくなっていく、
…少なくとも、どの私を、どちらの私を、とはもう、 思い浮かべさえ
しない両耳の間に、不安定に揺れながら浮いている気分で、…
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