旅によってだけ
活力は蘇ってくる
すべてが旅で
たとえばキルケゴールは
幼い頃に父と
家の中を旅した
むかし
いっぱい愛人がいた頃
あたしはあちこち
街のホテルに泊まるのが嬉しかった
家から30分も離れていない
よく知った街のラブホに泊まって
朝まで愛人Aと寝ていると
ずいぶん遠出したように感じた
ラブホの薄暗い部屋で
時間の経っていくのを感じながら
力がまた溜まってくるのを
体じゅうに覚えていた
だって旅だったのだから
家から30分離れるだけで
嬉しくってたまらなかったから
朝の出勤の流れとは逆に
家に帰って行く時
また新しいことが始まる気がして
嬉しくってたまらない
家に帰ったら黄金のひとりで
小さな一間にキッチン
トイレと風呂だけの
物も少ない住まいだけど
それがまた新たなホテルに見えて
そうよ、どんなホテルに行っても
どんなに広くたって豪華だって
なにひとつ持っては来れないもの
まるで去る時のこの世みたいに
まるで別れる時の愛人の心のように
人ひとり使い切れる広さなんて
ある時間の中ではわずかなもの
最期は直径30センチほどの骨壺
狭く小さなこの家だって
十分過ぎるくらい豪華
天から与えられたあたしの体が
十分過ぎるくらい大きいように
そうしてちょっとお茶を飲んで
あたしは出勤していく
ぜんぜんダレたりなんかしないで
ちゃんとテキパキ働く
夜は今度はべつの街に向かって
愛人Bとレストランやバー
それからお決まりのホテルへ
後は昨日と同じで朝まで
またまた活力漲ってくるまで
愛人はJやKまでたいてい居たけれど
あたしにとって大事なのは
毎日違うところに行くこと
誰も彼もそのための契機だった
毎日かならず朝帰りだけど
毎晩しっかりホテルで寝てくるから
ぜんぜんダレたりなんかしないで
ちゃんとテキパキ働く
むかしむかしいっぱい
旅の契機の愛人がいた頃のこと
いまは直径30センチほどの骨壺に
体のよすがを寄せまとめて入れて
さらに軽々と旅する毎日
見えない道を見えない街々へ
たどっていく永遠の毎日
0 件のコメント:
コメントを投稿