2017年8月29日火曜日

『シルヴィ、から』 序

複声レチタティーヴォの連続のみから成るカンタータ叙事詩
『シルヴィ、から』(1982年作・2017年補訂改訂)の
2017年版の補訂・改訂協力者による序



作者がジェラール・ド・ネルヴァルの『シルヴィ』を知っていたのは明らかであるし、それを証拠立てる箇所は、これから読まれようとしている書きもののうちにも見出される。
だが、作者がネルヴァルの名作を意識しつつ、模倣じみたことを企ててこの書きものを成したのだとは即断しないでおいたほうがよかろう。そもそも、内容もテーマも、形式も、ネルヴァルの作品とはまるで異なっている。作者にとっては、(彼がいささか不用意な用語で私に語ったところによれば)“問題”や“宿命”や“生”が、たまたま「シルヴィ」という名前をとって現われたにすぎず、この書きものの中で、彼はそれをそのままの名で用いたのである。
1980年から1982年にかけて書かれたこの作品は、当初は小説として創作された。ホメーロスからミルトン、さらにはシャトーブリアンの『ナッチェ族』や『殉教者たち』に連なる叙事詩形体の選択は、1978年に発表され1979年に初演された木下順二の『子午線の祀り』の群読形式に刺激されたものだろう。作者は当時、西洋音楽のオラトリオや教会カンタータにさほど通じていなかったようなので、そちらのほうから刺激を受けたとは思われない。ただ、ダンテの『新生』は意識の奥底にあったのではないかと思われる。
書かれてから35年ほどが過ぎた2017年現在の時点で見ると、すでに言語表現の世界では小説の衰退も顕著であることから、私は、今なお存命中の作者に、この作品を叙事詩として整え直してみることを勧めた。韻律の完備などを施すまでのことは不要だろうが、多数の異なった声が一人称で語り継ぎ、ひとつの自我の物語を形成していくこの作品の形式には、叙事詩という認識こそふさわしいだろうと思われたからである。
作者はこれを快諾し、2005年から結成されていた小説同人集団IO(イオ)の面々の中に、作者と私も加わって、5人で補訂・改訂を行うことになった。
作者本人は、日本という風土にも、1980年代以降現代に至るまでの時代風潮にも、この作品が全く合わないと考えており、原稿はなんども廃棄されそうになった。自国や時代の風潮と徹底的に異なる精神を持って生まれてきた作者がそう考えるのは、わからないでもない。しかし、少なくとも、今回の補訂・改訂に加わった私たち4人は、この作品を創作した時点での彼の精神や趣味を共有しており、5人で朗読を重ねながらの今回の改訂作業は、近頃では稀な閑雅な楽しみの機会ともなった。


リヒティエン・ムーキェイ

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