2019年5月24日金曜日

摘まみ…、抜き…、引き…、上げて…、みた…



あなたが自分のまわりに孤独をおいた日々はどんなに美しかったか
僕はそれを羨むことでいまを築いているといったっていいくらいです……
立原道造「堀辰雄宛の手紙」(一九三八年)



三百円だったか
二百円だったか
神保町の三茶書房の外に
廉価本の棚が出ていて
そのなかに
もう売っていない旧版の
角川文庫の
立原道造詩集があって
摘まみ取ってみた

(手に取って見た
   と
いかにも体裁よい表現などせずに
摘まみ取ってみた
とか
抜き取ってみた
   と
言いたい
本当ならば
摘まみ抜き引き上げてみた
とまで
言いたい
摘まみ、抜き、引き、上げて、みた
摘まみ…抜き…引き…上げて…みた…
摘まみ…、抜き…、引き…、上げて…、みた…
…………
古本屋の廉価本の棚から
一冊を選びとる動作を
もっとふさわしく表現する言い方も
まだまだ
あるかもしれないが……)

ページをめくり続けていくと
中ほどより後のところに
モミジの葉が二枚
きれいに挟まれてあった
真っ赤ではなく
やや退色したような赤だったが
軽くていい色だった
美しく枯れていて
そのうえ
古い葉と見えるのに
まだ柔らかさが残っていた

このモミジの葉を挟んだ人の
挟んだ時のこころを
いくらかは分けてもらって帰ろうと思った
いい色だ
つぶやいていた
軽くて
いい色だ
もともと真っ赤ではなかった葉だろう
退色したと見えるものの
ほとんどそのままの色かもしれない

挟んだ人は
もうずいぶん老いたかもしれない
亡くなったかもしれない
いい色だ
どうして手放したのだろう
遺品を整理した人たちが売ったのかもしれない
軽くて
いい色だ
老いたり亡くなったり
それが
なんだろう
古い葉と見えるのに
まだ柔らかさが残っている

口絵にある
ランプをかざす立原道造の有名な写真が
また
よかった

友だちになってよかったような
めずらしい
詩人
だった

道造については
中村真一郎氏から
ほんのちょっと聞いたことがある

ほんのちょっと
だけ



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