私の全作品は失敗作である。
ウィリアム・フォークナー
用事があるので今夜は出かけるから
ゆうがたの入り口のあたりで
軽く夕食を済ませてしまう
もちろん添加物だらけの外食ではなくて
家でじぶんでつくるわけで
はやめに浸しておいた米を炊きはじめながら
多めにレタスを洗って千切り
トマトもひとつやわらかめのものを切り分け
オクラもひと袋分茹でて添える
昨日の夜にスーパーに行ったら
わるくない魚がけっこう入っていたので
数日分買い溜めしてきたが
そのうちのサバの半切れ104円が
この軽い夕食にはちょうどいい
サバはグリルで焼かなければと思い込んできたが
オイルを振ってフライパンで炒め焼きするのが
じつは乾かずにいちばんうまくできるとわかり
今日も海塩とコショウを振って10分ほどで仕上げる
ごたいそうな調味料を使わないことが
ここではとっても大事
塩とコショウだけのうまさに勝てる味つけは
なかなかないと知ったのも経験の功
ぜんぶ作るのに20分ぐらいだが
食べはじめる段になって、あっ…と気づき
味噌汁を加えることにする
飲みたいだけの量の浄水を木の椀に入れてから
それをヤカンに入れ直して熱する
椀にはワカメや麩や乾燥葱を入れて
できた湯をそこに注いでから
味噌をゴルフボールぐらいの量入れて
椀のなかで箸で溶かしていく
味噌の酵素を熱で殺し切らないためには
最後に溶き入れるのが大事だが
母親はこんなことを知らない女だったので
子どもの頃は煮立てられた味噌汁ばかり
おゝ、わたしはひとり進化してきたものぞ
大事なのはダメな親たちから離れることだった!
育ててはくれたがダメだった親たちは
本を読むわたしを馬鹿にし邪険にし
大学時代まで買い集めたすべての本を
わたしのいない時に捨ててしまったものだが
そんなことどもへの恨み節もいつのまにか
ごくごく自然に剥がれ落ちていった
こんなことを思いながら
焼けたサバを箸先で抓むとほくほくほぐれ
104円がなんとうまい料理に変わったかと
やはりちょっとうれしくなる
スマホをいじくってニュースを見ると
新型コロナウィルスの死者はきょう一気に
242人も増えて1300人以上になったとか
中国共産党の発表だからすこぶる怪しいものだが
それだってガダルカナルやペリリューよりは
いくらかはまっとうな報道かもしれない
ふむふむ242人増えたかとサバをさらに抓む
まごうかたなき有事にいつのまにか生きていて
うまく焼けた大満足の104円のサバを食べている
朝がた降っていた雨はどこへやらで
いい天気のあかるいゆうがたに入ろうとしている
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