『追憶』と訳されている
ロバート・レッドフォードとバーバラ・ストライサンドの映画
The Way We Were
それと同じ題名の主題歌*の歌詞を
曲をかけながら
なにげなしに目で追っていたら
Misty water-colored memories of the way we were
とあって
かなわないなぁ
こういう時の英語には
と
しばらく
いっぱいになってしまった
こころ
あの頃のわたしたちの
霞んだ水彩画のような思い出の
かずかず
とでも訳しておけば
いいにはちがいないが
Misty water-colored memories
には
かなわないなぁ
日本語がかなわないというのではなく
国々のことばが
それぞれ
引き立つような舞台というものがあって
そこに立ったときには
どこの国のことばも
ふいに
しっとりと
引き立つ
Mistyにひかれて
見わたせば山もとかすむ水無瀬川夕は秋となに思ひけむ( 後鳥羽院)
を思い出したが
ほかの詩歌を思い出したほうが
いいだろうか
思い出す
ということに寄り添うならば
ながらへばまたこの頃や忍ばれんうしと見し世ぞ今は恋しき( 藤原清輔)
も
いいだろうか
これからも生き長らえれば
こんな現在のことも
また
なつかしく思い出されることになるのだろう
つらく思われた昔のころのことが
今では
こんなに
恋しく思えるのだから
The Way We Wereの作詞者がこれを読んだら
ちょっと
嫉妬するのではないか
たった三十一音節で
この内容を…
と
思うのでは
ないか
かなわないなぁ
と
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