2020年8月23日日曜日

ちょっとしたコツを



 

むかし撮ってみた

画像のよくないビデオを

ひさしぶりに

あれこれと見直してみたが

それらが過去でなどないことに

やはり

驚かされた

 

小さなデジタルカメラに備わっていた

とりあえずのビデオ機能で撮ってみただけなので

他人が見ればつまらない

下手な映像ばかりだが

二度の引っ越しを軸として

もう二度と戻りようもないその時点での住まいの

家具やテーブルクロスや天気や

植物の花のようすや

ゴミ袋のいびつな膨らみようや

そのわきに置かれたビンや缶などの燃えないゴミなどまで

不意打ちのように蘇らせ

巷にあふれるどんな映像や写真や本よりも

いまのわたしを沈黙させ

引き込んでしまう

 

壊れて粗大ゴミに出すことになった

二台の冷蔵庫が健在だった姿や

住んでいる時にはあたりまえだった

部屋部屋の空気感やひろがりぐあいや

もう捨ててしまった枕カバーやソファーカバーや

台所の砂糖や塩や調味料類の置きかたが

これぞわが人生の真の研究テーマであるかのように

ありのまま

そこに見えている

 

引っ越しを準備するなかで

内覧に行ったいくつもの物件もずいぶん撮っていて

室内の動線をカメラで辿ってみた映像や

ヴェランダや窓からの外の眺めや

台所や洗面所の雰囲気や

使い勝手を予測してひろげてみるじぶんの腕や

10数階の物件の窓から見はらしてみる遠くの風景なども

ついに住まなかった場所の風景として

それはそれで心惹かれる映像になっている

当時はもし此処に住むことになったらと撮影し

いまはついに住まなかった場所のひとつとして映像を見直して

なんでもない下手くそな下見のビデオ撮影というのに

くりかえし見ても見飽きない豊かさがある

 

現在の場所に移る前に七年も住んだ旧居の下見映像もあって

住むかどうか最後の決定をしに再訪した時点の映像だが

部屋や廊下や洗面所や台所や畳の部屋や

あちこちのコンセント口の配置の様子や

外から入るひかりが壁や床に映って白くなっているのや

ヴェランダからのみどり溢れる外景までがじっくり撮れていて

まだ未知の場所だったそこにその後けっきょく七年も住むことにな

その七年はわたしのなかにまるごと染み込んで

いまのわたしの意識そのものを作りあげているというのに

まだこれから始まろうとするまったく新しい未知の生活の場であるかのように

外からの明るいひかりを引き入れて室内は静まっていた

過ぎ去ったものはなにもなく

一切はこれからであり

外のみどりと部屋にふんだんに差し込む明るさがわたしを待ってい

わたしを永遠に待っていて

ゆっくり流れていくビデオの時間も

そこに眺められる空間のありようも

しあわせそのものだった

 

過去というものはない

ほんとうに

ない

過ぎ去るということはない

消え失せるということもない……

 

この頃根本から思い直しつつあった

時間について

空間についての

触れかた

より正しい掴みなおしかたの

コツを

ちょっとしたコツを

わたしは

また

すこし

感じとれた気がした





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