殺戮者だったことがある
冷酷無比な
しかも
善のためだと信じて
地球を救うためだと信じ切っての
最悪の殺戮者
まだ幼稚園にも行っていなかった
住んでいたアパートの後ろに
駐車場が広がっていて
その奥のブロック塀のところに木があり
初夏になると
たくさんアゲハの幼虫がついた
殺戮者わたしは
背に蛇の目の擬態のある
けっこう大きな
あのみどり色の幼虫を
宇宙からの侵入者だと思った
ほんとうにそう信じた
絶対に地球を守らないといけない
そう思って
石を拾いあつめて
毎日
この侵入者たちを殺しに行った
石を投げて
地面に落ちたところに
さらに
石を投げ続ける
侵入者たちは潰れて
青い汁を出して
グジュグジュと動き続けるが
やがて動かなくなる
木に一匹もいなくなるまで
こうして
ずいぶん精を尽くして
侵入者たちと戦った
かれらを潰しながら
それでも
生きているから
なんだか
悪いことをしているような気もした
悪いことというより
二度と戻せない
後戻りできないことを
四歳ぐらいの頭でも
やってしまっている気がした
あれがアゲハ蝶の幼虫だったと
小学校に入ると
わかってくるようになる
そうして
四歳頃の地球防衛行動を思い出し
なんとじぶんは愚かだったかと
反省するようになる
小学生になってからは
低学年の頃から
もう幼虫を殺すようなことはせず
見つけたら大事に飼って
成虫にするのを楽しむようになった
しかし
過去に犯した罪を
消すことはできない
じぶんはあきらかに殺戮者だったのであり
この世の夏に飛び舞うはずの
可憐なアゲハたちを現象界から除いてしまった
アゲハたちの舞いの可能性を
消し去ってしまった
そう思って
小学生のわたしは
過去のこととはいえ
じぶんの馬鹿さ加減に落胆した
過去に犯したこの殺戮経験が
命あるものに対する
わたしの考えの根底を成している
殺戮者たちについての
考え方も
この殺戮経験から
出てくる
大げさなようだが
ぜんぜん
大げさじゃなくってね
アゲハの幼虫たちの
潰れたさまが
いまでも
目に
ありあり浮かぶのだ
さて
場所は特定されている
殺戮の行なわれた場所は
短い期間住んだ
愛知県守山区の矢田川沿いの
コンクリートアパート裏の
駐車場
矢田川の土手に出ると
左手にいつも車の絶えない橋が見えたが
それが矢田川橋なのか
宮前橋なのか
千代田橋なのか
小原橋なのか
名古屋第二環状自動車道なのか
わからない
それらのどの橋だったのか
アパートはどこだったのか
ただそれだけを
正確に調べるためだけのために
矢田川のそのあたりに
いつか行く気持ちがある
犯人は
かならず
犯行現場に戻ってくる
というでは
ないか
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