2022年5月19日木曜日

ほんとうのことを言うなら


 

どれほど悲しく辛かろうと

運命は最後まで遂げるべきもの

  渋沢孝輔 『峠の歌』

 

 

 


ほんとうのことを言うなら

かなしいことばかり

いやなことばかり

 

なりたいものになど

どれひとつなれなかったし

そもそも

ほんとうのことを言うなら

なりたいものなどなかったから

なりたいものがあるかのように振舞えと

強いられてきて

てきとうに選んでみせただけ

 

おもしろいことはいくらもあったけれど

それらに集中することは許されなかったし

継続することも許されなかった

ちからを入れろと言われるのは

おもしろくないことばかり

かなしいことばかり

いやなことばかり

 

ひとづきあいはとてもいいほうだったと思うけれど

ながい歳月が過ぎてきてみると

だれからもがっかりさせられるだけだった

友だちと思っていた人たちは

けっきょく友だちの名にあたいしなかったし

おなじ状況をしばらくともに生きた同僚でしかなかった

 

いろいろな仕事をやってきて

どこでもけっこうきまじめに働いたが

そういうきまじめさが他人には利用されていて

けっきょくこちらにはなにも残らないほど

利用され搾取されてたくみに捨てられてきただけだった

 

この世に滞留しつづけているなかで

なにがじぶんをまだ引き留めているのだろうと思うと

こうしてなににもならないことばを書き止めていることだけ

ここで大げさにことばこそわが友などと書きつける人もいて

そういう感激症の人は詩人だなどといわれるらしいが

ことばはことばであるというそれだけのことで公だから

ことばでもほんとうのことなどやはり書きつけられない

 

だから

ほんとうのことを言うなら

ほんとうのことを言うなら

などと未練がましい言い方をし続けるばかりで

いつのまにかほんとうのことなど言えなくなっていると気づくまで

いつのまにか言うべきほんとうのことなどないと気づくまで

言い続けていったりするのだろうか

ほんとうのことを言うなら

ほんとうのことを言うなら

などと

 

かなしいことばかり

いやなことばかり

のなかを





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