日かげをもとめて
大通りから裏のほそい道に入ると
もう昔ふうの木造の家もなくて
小さめのビルや今ふうの戸建しかないのに
フッといちめんに
線香のいい香りが漂っていた
暑いさかり
打ち水さながらに心にさわやかで
あゝ、線香
いいな
と
うっすら
まぼろしのようなこころ持ちになって
真夏の都心の裏通りを
まだまだ
進んでいく気持ちになる
小さな出版社だろうか
ガラス張りの戸の奥では何人かが
本の包みの整理や積み直しに
ずいぶん忙しくしている建物があり
窓にはいろいろなポスターが貼ってある
今どき『禁じられた遊び』だとか
原発事故の真実を問う…とかいうポスターや
性差別の何とかかんとかや
そうかと思うと
楽しいベランダ園芸のコツとか
手作り飛行機についての何とかや
シャボン玉の作り方百科といったものなど
雑多な種類のポスターが貼ってあり
こちらでも直接販売しています云々と
ちょっと下手な筆文字で大書した紙も貼ってある
うだるように暑いのに
背の曲がった眼鏡のお婆さんが立ち止って
手に持った日傘をずいぶん傾けながら
これらのポスターをずっと見続けていた
大きな会社の大きなビルのわきには
黒い石の坂を水が流れ続けるオブジェがあり
石のまるい椅子やベンチもいくつかあって
春や秋には会社員たちが憩っていたりするが
真夏の暑さの中ではさすがにほとんど人はいない
けれども中年に入りつつあるあたりのまだ若さのある会社員がひと り
スマホを見ながら大きなアイスバーを舐めている
水色のバーでブルーハワイの色のようだと思う
カクテルを凍らせたバーを昼過ぎから舐めるはずもないだろうが
そうだったら昼過ぎの暑さも楽しいのにと思い
そうであってくれと思いをさらに乗り出させてしまいそうになる
スマホで見ているのは仕事関連のメールだろうか
そうでなくてどこか美しいブルーの海のある避暑地に行くプランを
水しぶきのような笑顔を彼に振りかける
ガールフレンドとやりとりしているのならいいのにと思う
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