なにはともあれ本を買え
アーノルド・ベネット『文学趣味』
なんでもないような裏通りにある小さな店だが
店の中にぎっしりと文学関係書の詰まった
見事といえばこれ以上見事な店も滅多にないような古書店だった
日本文学についてなら
古代以降のあらゆる作家や詩人について
それぞれ十冊以上は評論や研究を並べてある
もちろん大家については数十冊も並べてある
たいていのものは
ここに来れば手に入るだろうと確認し
どの棚も天井までぎっしり並んでいるさまを
もう一度じっくりと眺めわたしながら
それにしても
ここにある本のどれもが
なんと大量の汗と時間を著者から奪って成ったことか
文学研究や文学評論だから世の流れや情勢とはほぼ縁がなく
いちど出版されると後はこうしてひっそりと
古書のにおいの中の一冊として安置され続けていくだけで
ごく稀に好事家がやってきて手に取ってみて
さらにごく稀に購入していく
人は二度と戻ってこない時間を大量に蕩尽して
これらの書物を編むという酔狂に身を投じたりもするわけだが
なんという信仰だろうか
書いたものがいずれ然るべき人によって精密に読まれると信じたり
いずれ書物の殿堂で然るべき玉座に据えられるだろうと夢見たりす るのは
並んでいるのはどれも文学好きにとっては著名な作家詩人の名だが
世間ではおそらく週に一度も発音されることのなくなって久しい
ましてや読まれることなど絶えて無くなってしまった名名名…
こうした書籍があまりに多量に整然と並んでいるのを見ると
あたかも納骨堂に並ぶ名名名…のようで圧倒的な虚無感に襲われる
さらに恐ろしいのは
これらもう読まれなくなった名名名…について研究や評論を
かなりの量読み込んだ後でないと次代の文学テキストを書くことな ど
けっしてできないということ
なにごとか記そうとする者
書こうとする者は
過去のあらゆる作家詩人の作品と作品研究と論考を
読まなければならない
読み続けなければならない
どれが好きどれが嫌い
嫌いだからどれは読まない
どれは買わない
そんなことは許されない
すべてを読まなければならない
すべての書籍に触れなければならない
そうでなければ然るべき一文字も書くことなど許されてはいない
ということ
あゝ、肉体は悲し
われ
すべての書を……………………
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