2023年7月31日月曜日

この世にすこし恨み残るは

 

 

 

本人だけにしかわからない回路で人生を生きていく

吉本ばなな『パイナップリン』

 

 

 

 

暑い暑いといいながら

ほんとに汗まみれになりながら

7月の終わり頃なんて

毎日のように飲みに行ったよね

と言う

 

クーラーの効いた店で

ビールをいっぱい飲んでも

店の外に出ると暑いもんだから

涼しさも酔いもいっぺんに消えちゃって

また汗だらけになってきてさ

と言う

 

歌舞伎町で朝まで飲むと

始発を待つまで居るところといったら

どっかのラブホじゃなくって

マクドナルドとか

ミスタードーナッツで

もうコーヒーとかは飲みたくなくって

それでもドーナツなんかは

けっこう食べられるので

不思議なもんだと思ったよなあ

と言う

 

渋谷での朝帰りは

けっこう居酒屋で迎えたかな

みんなテーブルに俯したり

ソファーにのけぞって

もう話もろくにできなくてさ

誰かがなにかひと言ふた言いうと

ううんとかあああんとか

音だけ出して目を閉じてるんだみんな

という

 

ちょっと遠いところまで

歩いて飲みに行ってみよう

帰りも歩いて戻るぞ

なんて誰ともなしに言い出して

なんとなく付いていって

せっかく涼しく飲んだのに

40分ぐらい歩いて

東京を横断して帰ってくるもんだから

都心に来たらもう汗だらけでさ

と言う

 

納涼企画のお話会とか

オールナイト怪談映画とか

見に行ったのはいいけど

2時半をまわるとさすがに疲れちゃって

これって歳とったらムリだよな

なんて言いながら

なんとか五時頃まで

けっこう何度も

頑張ったんだよな

と言う

 

週にふたりか三人ぐらいは

女の子たちと飲んだな

でもちゃんと

11時半頃には帰らせるんだ

その酒は強すぎるとか

こっちのほうがうまいかもとか

そんな指導っぽいことして

飲んだり食べたりしてるうちに

こっちのほうが疲れてくる

ふらふらになってくる子もいたけど

夏の夜の酔っ払った女の子の

汗まみれの肌になんか

あまり触りたくなくって

9時半頃からは終わらせモードに入り

ほら、水いっぱい飲んで!

ほら、終電になっちゃうから!

とか言ってシャキッとさせて

なんとか送り返したものだった

と言う

 

そうさなあ

酔った女の子はお持ち帰りとか

そういうのって

ふつうに多いわけじゃないと思うんだよ

だって

魅力ないぜ

酔ってフラフラしてる汗だらけの子って

飲み食いしたものの臭いが

胃から洩れてくるしさ

髪の毛だって

いくら香りの強いリンスしてたって

もう夜中には汗臭いだけ

と言う

 

それにさ

それまでさほど知らなかった子と

朝までホテルに居たら

こっちは髭は生えるし

酒で疲れた顔は朝にはまだ戻らないし

そんなとこ見せたくないしね

と言う

 

そういうの

あるよね

妻とか同棲相手じゃなきゃ

そこまでは見せられませんっていうとこ

あるよね

だからおれは

しかたなくホテル行っちゃった時は

相手が寝込んだ時に

ひとりだけ先に抜け出したものさ

寝乱れた頭や疲れた顔を

朝に見せたくないから

小心者だけど

先に失礼させてもらいます

よく寝て

ゆっくりしててね

なんてメモを残して

ホテルのフロントには

寝入っているから

もっと寝させておきます

心配ないですから

とちゃんと顔を見せて言って

そうして出て行くのさ

まだ5時にもならないうちにね

と言う

 

この世に

すこし恨み残るは

わろきわざ

となん

聞く

(『源氏物語』・夕顔)

と言う







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