この偽「現実」に踏み込んだのは

 

 

 

 

「ここはズーラ、楽しみを得られぬ国だ」

H・P・ラヴクラフト　「しろい船」

 

 

ある夜、おそろしい夢を見た。

わたしは祖母と海の底で会っていたのだ。

幾層にも露台の重なった燐光を放つ宮殿に

祖母は住んでいた。

奇妙なかたちのイボのある珊瑚や

グロテスクな十字型の花の咲く庭園が

宮殿にはいくつもあった。

H・P・ラヴクラフト 「インスマスに落ちた影」

 

 

 

 

 

 

この世が

どれほどまでに

「現実」

ではないか

 

どれほど

薄っぺらい

軽いフィクションであり

巧妙微細のように見えながら

じつのところ

かなり粗雑な嘘であり

見え透いた贋物であるか

 

それを証しする

決定的な

しかし端的な証拠を掴むため

わたしは

この迷宮に紛れ込んだ

 

まるで

人間であるかのような

ふりをして

 

まがい物の

いかにも現実めかした

この偽「現実」に踏み込んだのは

この目的のためだけ

 

  *

 

そして

この偽「現実」が強いてくる法則を

騒がず

大げさに偉がらず

喧伝せずに

どれだけ

たくみにすり抜け

撓め

ねじ曲げ

無効化して

人間でない時空の扱い方を

していくか

 

この試みも

また

この偽「現実」に踏み込んだ

目的

 

人間の最良の定義は

この偽「現実」を

現実として受けとめてしまう者

であろう

 

この偽「現実」を

まったく疑わず

素直に受けとめて

素朴に喜怒哀楽する

お客様たち

 

いつも

言われるがままに

こっちで騙され

あっちで騙されして

まるで

生きているかのように信じ

やがて死ぬかのように

思い込まされて

未来の果ての果てまで

騙され続けていく

消費者たち