覚め際の夢でタクシーに乗った
覚め際だから
なんとなく
半分ほどは夢の外に心はいて
“そこからはタクシーに乗った”などと
起きたらメモしておこうか
と思ったりしていた
タクシーは桜がまだ満開の下を
ゆるゆるとゆっくり滑って行った
さっきまで豪雨だったのに
桜の花はすこしも落とされていない
雨が大小の宝石のように
花や枝や蕾のあちこちにきらめいて
まるですてきな夢のようだと思った
(しかしこれは実際に夢なんだ・・・・・・)
と思いながら思った
思いながら思った!
タクシー運転手はなぜだか自分自身の
人生のあれこれを語り出し
ローンも組めない人生だった、とまとめた
それを言ったらぼくだって同じで
いまだに放浪しているようなものさ
と言うと「どうしてそうなった?」
と真顔で聞いてきたので
めずらしく真剣に答えようとして
ちょっと考え込んでしまった
「そうだなぁ、勉強をあれこれと
続けたかったからかな
ヨーロッパ中世に放浪学生っていたでしょう
ワンダリング・スチューデント
あんな感じの生き方を20世紀や21世紀に
やってきた自分だったのかな・・・・・・」
いつのまにかタクシー運転手は三人に増えていて
運転席にも助手席にも
後部席のぼくのとなりにもいる
「おや、どうして増えたんだい?」
と聞くと「さっきから皆いたじゃないか」
と三人が答えるので合唱のようだった
よく見てみると三人の顔はちょっと違うので
「ひょっとして君らは兄弟かな?」
と聞くと「違うよ。赤の他人だよ」
と三人が合唱して答えるので
ヘンに逆らうのはやめて
「そうか、赤の他人か。他人の空似か」
などといい加減な返事をするうちに
美しくドームになっている桜の下に来たので
みんな話をやめて車をさらにゆっくりとさせ
窓から顔を出して上を見上げた
桜の花のひとつひとつが水滴を付けて
街灯のあかりを受けて輝いている
これは千載一遇の光景だと思いながら
一粒一粒の水滴の輝きも見逃さないようにと
窓から乗り出すようにしながら
ぼくら四人はずっと上を見上げて
ゆるゆると滑っていくタクシーから
濡れた桜のひとつひとつのきらめきを
水滴の一粒一粒のきらめきを
ヒバリの雛のように口を開けて眺め続けた
こんな光景はめったに出会えるものじゃない
生まれ変わってもきっと思い出す
転生を重ねてもどこかで思い出し続ける
夢のなかで白昼夢のなかでとっさの閃きのなかで
そうしていつまでもぼくらの魂に
ぴったりくっついてまわるのさ
そう思いながら
それにしても奇妙なのは
運転手も身を乗り出してしまっていて
運転なんかしていないのに
タクシーはゆるゆると進んでくれていること
けれどすぐに「あゝ、これは夢・・・」
と気づき直して「いいもんだ、夢は」
「いいもんだ、夢のなかにいて、
これが夢だとわかっていて、そうして
夢のいいところをすっかり味わえている
っていうのは」
としみじみ思ったものだった
今こうしてメモしているあいだも
まだタクシーに乗っていて
水滴をたくさんの玉のように付けた桜を
見上げ続けている
メモのむこうに
また
さらに桜の満開のドームが続き
メモは第三の人生である
とネルヴァルのパロディーをしちゃいたい気に
なっている
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