また
ふいの雨となった
幽霊の嘉世子が
襖の裏へ
消えていった
みちるに電話したくなった
しかし
払暁なので
あまりに礼を欠くだろう
起こしてはいけない
台所へ立って
茶を淹れた
淹れた茶を
書斎まで持っていくか
迷った
家の廊下は長い
六畳ほどの部屋の前を
四つも通り
さらに
奥の暗い階段を上がっていく
ちょうど
階段の電気が切れていた
身ひとつで上り下りするのに問題はないが
盆に載せた茶を持って上っていくのは
すこし難儀だった
台所の椅子に座って
小さなランプひとつだけの明かりにして
熱い茶を啜った
払暁の
暗い台所でのひとり茶には
ただそれだけで
古雅な深みを
感じさせられる
すこし気持ちの寛いだところで
両肩にふたつの手がかかったかと思うと
つるつると
腕が胸のほうへ下りてきた
また
嘉世子かい?
そう聞くと
いいえ、比呂子
これもまた
懐かしい
愛しい声がして
わたしの股のあいだに
比呂子の頭が
ころり
と現われ
真っ赤に濡れた口を開けた
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