2026年2月23日月曜日

風の吹き込む部屋のレースカーテンに投影した映像

 

 


 

幸福も不幸も言語でできている

それらは感情でさえなく

心の視神経のあやでしかない

 

言語の選択と配列替えで心は根本から変貌する

心の消滅も可能となる

簡易な室内装飾として白い壁にいかようにも貼り替えられる

さまざまな色のポスターのように

心は短期的な飾りとすることもできる

 

言語は思念そのものであり

言語の選択と配列を行う思念部分は

思念2と仮称すべきメタ思念である

 

思念はすべて過去だが

思念と言語の組み替えによって

過去になかったものを精神空中に噴出させうる場合がある

それの理解には

核分裂や核融合のイメージがよいかもしれないが

もっと地味な物理学的現象のほうがよいかもしれない

 

さらに進もう

 

個々人の世界認識も言語だけでできている

「自分」も言語でしかなく

その「自分」がいる現在環境の把握も言語でしかない

 

言語はつねに

眼球内の液体のようなものでしかないので

「自分」も現在環境把握も

風の吹き込む部屋のレースカーテンに投影した映像でしかない






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