幸福も不幸も言語でできている
それらは感情でさえなく
心の視神経のあやでしかない
言語の選択と配列替えで心は根本から変貌する
心の消滅も可能となる
簡易な室内装飾として白い壁にいかようにも貼り替えられる
さまざまな色のポスターのように
心は短期的な飾りとすることもできる
言語は思念そのものであり
言語の選択と配列を行う思念部分は
思念2と仮称すべきメタ思念である
思念はすべて過去だが
思念と言語の組み替えによって
過去になかったものを精神空中に噴出させうる場合がある
それの理解には
核分裂や核融合のイメージがよいかもしれないが
もっと地味な物理学的現象のほうがよいかもしれない
さらに進もう
個々人の世界認識も言語だけでできている
「自分」も言語でしかなく
その「自分」がいる現在環境の把握も言語でしかない
言語はつねに
眼球内の液体のようなものでしかないので
「自分」も現在環境把握も
風の吹き込む部屋のレースカーテンに投影した映像でしかない
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