住んでいるビルに
エレベーターがふたつある
大きいものと
すこし小さめのもの
大きいほうには
奥の壁に鏡がついている
けっこう大きな鏡だ
ゴミ捨て場は地下1階にあるが
大きなエレベーターだけが
地下1階まで下りていく
小さなエレベーターは
地上1階までしか行かない
なのでゴミを捨てに行く時は
大きなエレベーターで行く
小さなエレベーターで地上1階まで行き
そこから大きなエレベーターに乗り換えたり
非常用階段を下りていく時もある
ぼくがゴミを捨てに行くのは
たいてい深夜から夜明け頃なので
巨大なビルの中を大きなエレベーターで下り
地下1階のエレベーターホールに出て
そこから廊下に出てゴミ捨て場の部屋に入る
引っ越してきてしばらくは
こういう一連の移動動作に伴う風景の変化に
けっこうゾーッとさせられたものだが
もうすっかり慣れてしまった
巨大なビルの深夜から夜明けというのは
案外と幽霊やお化けのたぐいも出ないものだ
実地でそうわかっただけでも
ここに住んだのはよかったかもしれない
幽霊やお化けも現代では甘い夢のたぐいなので
益のない無意味な夢を捨てていくという意味では
こういう即物的な空間に住むのも悪くはない
ところが大きなエレベーターで
地下1階のエレベーターホールに出て
そこから廊下に出るたびに
今でもちょっとだけゾーッとし続けている
エレベーターが閉まるまでのあいだ
エレベーターの奥の大きな鏡が見えている
だれもいないはずなのにそこにだれか
映っていそうな気がしてならないのだ
エレベーターのドアが閉まっていく時に
奥の鏡にチラッとだれか映りそうな気がする
だれか映ったことなど一度もないのだが
もし映るのが見えたらどうしようなどと
毎晩思いながら鏡を振り返るのだ
だれかが映ったらどういうことなのかというと
ぼくの側のぼくの近くにそのだれかは居ることになり
ぼくはぼくのまわりにだれも人は見えないのだから
どうしたって鏡にだけ映る異界の者ということになる
それに気づいちゃったらどうしようかなと思う
毎晩毎晩鏡が見えなくなるまで思い続ける
ゴミ捨てが終わってぼくの住む階に戻って来る時も
エレベーターから出ると奥の鏡が見える
歩き出すぼくの姿を鏡は映してよこすだけで
ほかにはもちろんだれも見えないが
ドアが仕舞っていく最後の瞬間
もうぼくの姿も映っていない鏡に
ひょっとして今夜はなにか映ってしまうかもしれない
そう思いながらドアが閉まるまでのわずかな時間を
ぼくはほんとうにこの世ならぬ豊かさで過ごす
0 件のコメント:
コメントを投稿