2021年7月27日火曜日

たのしくたのしく泣くまでは

 

 

すべての自然法則が通用しないブラックホールのために、わたしは働く。

                                         ウィリアム・バロウズ『ウエスタン・ランド』

 

 

 


スポーツ競技に興味がないわりには

過去のたくさんのオリンピックを

無意義にテレビでだらだらと見たことがあって

そのたびにたいして面白くないのをくりかえし痛感し

せっかくの夏の時間をまったくの無駄事に費やしたと悔やんだので

もうオリンピックは見ないし

興味も本当にまったくないけれども

いろいろな競技のニュースはどうしても耳に目に流れ込んでくる

 

そうした細切れ情報まで拒否はしないのだけれども

こんな短いものにいちいち取られてしまっている時間や注意力を

ぜんぶ合わせたらちゃんとモンテーニュの数章ぐらい精読できそうだし

謡曲を200ほどは読み直せそうなのだし

なんといっても源氏物語全巻の再々読やプルーストの再読や

バルザックの『人間喜劇』全編を原語で読んでいないのも気になれば

あゝ保元平治平家の通し読みだってできそうじゃないか!

あゝあゝ二十一勅撰和歌集すべての読み直しまではさすがに無理で

あゝあゝあゝせめて八代集ぐらいは連続上映的に読み直せそうだし

あゝあゝあゝあゝ欲張ってやっぱり十三代集もひょっとして?

と居ても立ってもいられないイライラ状態に入りそうになる

イライラをこれ以上昂じさせないために『太平記』全巻の原文読みや

『近世説美少年録』の通し読みはこの際脇に置いておくことにしようか

 

とはいえどんな競技もうまい人がやる時には面白く

湿った花火のような日本のサッカーチームの試合のようでなければ

それはそれでなんでもこちらの気を引きがちにはなる

そうして引っぱられてうっかり見てしまったりしても

それはそれで無駄に時間を奪われた気にならないのはやはり

選手の力量がたいしたものだったからなのだろう

 

それにしてもいくら選手がたいしたものだといっても

選手を讃えたりスゴイネ!スゴイネ!連発をしたり小ネタをあわてて集めて

臨時のミニ物語づくりをしてnumberのむこうを張ろうとするのを

あちこちで目に耳にするたびにやはり思うのだが

どうして人間はだれか一個人に感興を集約させたがるのだろう?

その瞬間にその場でその技がその人によって面白くなって

「オ~!」となればそれだけで済ましてサッサと次に移ればいいのに

どうしてこうも引き延ばしたりこだわり続けたがるのだろう?

そのわりには結局言っていることはスゴイネ!スゴイネ!だけでしかなく

本当に達成された内容を分析しもしないし鑑賞し直したりもしない

何何選手すごいね!すごかったね!すごかったんだよ!今どうしているの?

という束の間すごかった人の変遷譚製造ラインになんとか載せて

ときどきマスコミが引っぱり出してきて「あの人は今?」ネタにして

時間が経った後もなおも稼げるアイテムづくりに入っていく

べつにこっちは儲からないのだから

そういうのに加担する必要は

ないわな

となにを見ても聞いても思うのは

こっちはこっちでそれなりに海千山千になっているからで

そうでなければ

騙され

載せられっちまう

ばっかり

かもしれない

 

とは思いつつ

ときどきマスコミが引っぱり出してきて

「あの人は今?」ネタを

さらにまたまたでっち上げていくシステムに思いが到ると

太っちゃって

おデブ路線で復活しようとしている

ノーテンキな朋ちゃんが

思われてきてしまうが

「たのしく たのしく やさしくね」を天才的な揺らぎそのものの声で

華原朋美が歌っていた頃の

日本が崩れていくあのギリギリの最後の頂点を

時代の情念の激流の中

べったりぐちゃぐちゃと流されながら生きていたボクとしては

思い出してしまう

どうしても思い出してしまう

思い出さずにおれない

たんなるポップス作曲家・作詞家に過ぎなかったはずの小室哲哉が

華原朋美とともに奇跡的に書き上げてしまったあの歌詞

あらゆる詩人や歌人や小説家らをはるかに引き離して

時代の表層と深層とに染み込んだ震えと

来ようとしていた総崩れの中で逃走線を創出していく覚悟と身振り

真の表現者となったあの歌詞を*

 

新聞やTVさえ

最近はなにも見ない

情報は心の奥だけ

なにも見えずに 

ただ立ち止まっている

 

いつまでも わがままは

なんとか通せたら 通したいでしょ?

はじけたり はね返ったりして

最後は きれいな場所に

おさまりたいでしょ?

 

ゆっくりと 歩くのが

いちばんって 思うけれど

走らなきゃ いけないって

思う季節も あるんだって わかった

 

たのしく たのしく やさしくね

たのしく たのしく やさしくね

たのしく たのしく 泣くまでは

 

平凡な夜の 過ごし方だって

異常な夜の 遊び方だって

わたしには すべて関係はない

出来事は すぐに 一瞬で色あせる

 

ゆっくりと 歩くのが

いちばんって 思うけれど

走らなきゃ いけないって

思う季節も あるんだって わかった

 

はじめてを はじめなきゃ

どんなスロープも 描けなくて

走らなきゃ ここまでは

歩けない たのしく 泣くまで

 

たのしく たのしく やさしくね

たのしく たのしく やさしくね

たのしく たのしく 泣くまでは

 

 


 

 

*「たのしく たのしく やさしくね」の歌詞はところどころ漢字を平仮名にし、編集してある。歌われるたび、歌詞のすべてが歌われることは少なく、特に「いつまでもわがままは/なんとか通せたら通したいでしょ?/はじけたりはね返ったりして/最後はきれいな場所に/おさまりたいでしょ?」の部分は省略されることが多かったらしい。また、「平凡な夜の」ではじまる連の最後の行は「出来事は すぐ 一瞬で色あせる」と書かれたらしいが、歌われる時には「出来事は すぐに 一瞬で色あせる」とされている場合が多い。

https://www.youtube.com/watch?v=O2GTzLjiB70

https://www.youtube.com/watch?v=vGF1IazVB-8

https://www.youtube.com/watch?v=h2GDwBeXn4g

https://www.youtube.com/watch?v=i90MckbVbG8




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