我慢しようとすればできるのだし
食べないでおいてもいいのだし
食べないほうがいいのかもしれないけれど
深夜
ちょっとお腹がすいて
パンでも
軽く食べたくなってしまった
雑穀を混ぜたロールパンがあったので
ひらたく半分に切って
オーブンでちょっと焼いて
食べる
深夜なので
あまり音をさせないようにするのだけど
焼けた時にオーブンが立てる音の
チン!
というあれは
まあ
しょうがない
音をさせないように
音をさせないように
としているうちに
思い出し
よみがえったのは
エレーヌの姉アンリエットのパリのアパートで
深夜に空腹になって
そろりそろりとキッチンに行って
パン切りナイフでバゲットをいくつか切って
バターを塗って食べた時のこと
バゲットなんか食べると
ちょっとコーヒーも飲みたくなるので
コーヒーメーカーのポットに残っていたものを
冷めたままで飲んだが
そうしていると
誰だかやってくる気配があって
エレーヌだった
起きてキッチンに向かったぼくの音を
寝室で聞いていた彼女は
やはりちょっと空腹になって
おなじようなことを思って
やってきたのだ
真夏なので
家のなかのどの部屋の扉も
あけっぱなしにしてある
アンリエットやピエールの寝室のドアも開いているので
キッチンでヘンな音を立てたりすると
彼らを起こしてしまう
注意しなきゃ
注意しなきゃ
シーッと小さく言いながら
エレーヌとふたりで
パンを切ったり
コーヒーを啜ったりする
そうしているうち
また
誰かやってくる気配があって
見ると
アンリエットだった
あああ
起こしちゃったかな?
と聞くと
ちょうどトイレに行きたくて目が覚めただけ
ということだったが
よく気のつく主婦のアンリエットは
バゲットだけで足りるの?
切れているハムも冷蔵庫に入ってるわよ
などと
気をまわしてくれる
もっとコーヒーがほしかったら
深夜でも
すぐ新しいのを作るわよ
などと
言ってくれる
もう二十数年も前の
ある真夏のパリのアパートでのこと
登場人物はぼく以外
すべて逝ってしまっていて
かわらないのは
深夜にお腹が空いたりすることがある
ということ
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