ぱあではないかとぼくのことを
こともあろうに精神科の
著名なある医学博士が言ったとか
たった一篇ぐらいの詩をつくるのに
一〇〇枚二〇〇枚だのと
原稿用紙を屑にして積み重ねる詩人なのでは
ぱあではないかと言ったとか
山之口貘「ひそかな対決」
後楽園までは
家から10分ほど
ドン・キホーテ後楽園店や
TOKYO DOME CITYのいろいろな店に
ちょっと買い物に行こうかと
まずは
東京ドームの前に入り込んでみたら
たいへんな人混みになっていて
なにか
東京ドームで
コンサートかなにかあるらしいのが
わかった
出演者たちの顔写真の
載っている団扇を持っている
女の子たちが多い
イルミネーションを背景にして
出演者たちの顔写真とじぶんの顔を入れて
写真を撮っている子がいっぱい
(「写メ」という語は
すでに
中年以上の人しか使わない言葉に
なったのだそうな…)
あちこちで立ち止まって
そんなふうにして
スマホで写真を撮っているものだから
渋滞しまくって
なかなか歩き抜けていけない
ちょうど開場前の時間に
来合わせてしまったらしい
だれのコンサートだろう?
と見てみると
Hey! Say! JUMPと見えた
ああ
そうなの?
名前は知っている
でも
ちゃんと歌を聴いたことはないし
メンバーがどんな子たちか
それも知らない
ひとりひとり顔を見たこともない
どうやら
29日から1月1日まで
四日連続でコンサートをするらしい
年末年始をぶっ通しで
Hey! Say! JUMPのメンバーたちも
ご苦労さまだこと
律儀につめかけるファンたちも
ご苦労さまだこと
それにしても
それにしても
それにしても
拒否しているわけでもなければ
忌避しているわけでもないものの
じぶんがまったく知らず
興味もない
若いアイドルたちのために
これだけの雲集をするファンたちのごった返しのなかで
不況だの
一般のひとには金まわりが
ひどく悪いだのという状況なのに
Hey! Say! JUMPへはこれだけ金が流れ込み
これだけ人びとのエネルギーが向かう現場に居てみて
驚かざるを得ない
そんなに裕福ではないのだろうに
こういうところには金をつぎ込み
これだけのごった返しのなかにわざわざ紛れ込んで
数時間を過ごそうとする
そんな人びとのありさまの異様さに
やはり
驚かされてしまう
ガザではついに2万人以上の虐殺となったそうだが
東京ドームのなかを効果的に爆破すれば
その2倍は死者数を容易に稼げる計算だろう
おお恐
おお恐
この時代
どこにいても雲集せずに散っていなさい!
若者たちよ!
と
ふと
心のなかで思ってしまう
それにしても
それにしても
それにしても
拒否しているわけでもなければ
忌避しているわけでもないものの
じぶんがまったく知らず
興味もない
若いアイドルたちのために
これだけの雲集をするファンたちのごった返しのなかで
おもに文字から成る表象芸術に
地上での時間とエネルギーを注ぐことにしてしまった
酔狂なぼくは
薄いダウンジャンバーのポケットに
ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編集『砂の本』の
フランス語訳*を
デイパックの底には
ガルニエ・フラマリオン版のホメロス『オデッセイ』を沈めている
メデリック・デュフールとジャンヌ・レゾンによる
2017年のフランス語新訳**は
なかなかに馴染みやすく思える
いまさら買い直すまでもないというのに
12月23日に丸の内のクリスマスイルミネーションを見に行った
ついでに寄ったオワゾの丸善でこれを見つけ
カレンダーといっしょに買った
註から読書ガイドから研究資料まで含めて522ページもある
便利でみごとに読みやすく編集された『オデッセイ』が
税込みで952円とあっては
買っておかざるを得まい
フランスの出版界にあっては
学生たちが多く手に取るべき古典は廉価と決まっている
研究者や翻訳者や編集者が精を凝らした良本が
こんな安い値でいいの?
と驚かされる価格で売られていることが多い
ボルヘスとホメロスを携えたぼくが
2023年12月29日の
Hey! Say! JUMPファンの群れでごった返す東京ドームの前を
買い物をしに
セルバンテスのいない
セルバンテスのテキストのひと文字もない
しかしセルバンテスから流れ流れてきた合い言葉のような
おお!散種!(ジャック・デリダの用語としての)
雑貨屋のドン・キホーテ後楽園店に向かって
2023年の女の子たちをかき分けながら
歩いて行く
それにしても
それにしても
それにしても
世界文学界ではきわめて評価高く
史上の短編小説の名手のひとりたるボルヘスも
読み直してみると
さあ
今後の人類のどの程度の人数が
これを味読し得るだろうかと
首を捻りたくなる箇所が頻出する
多くの古典に触れたごく一部の読者たちだけが
ボルヘスの仕掛ける仄めかしや
ちょっとした洒落た文芸や哲学の謎を読み解けるのだろうが
今後ますます
そうした読者たちの数は減っていくと思えば
ぼくのポケットのなかに隠れて
Hey! Say! JUMPのネオンサインの光に触れない
フランソワーズ・ロセ訳の
フォリオ版の『砂の本』のありようが
ひどく象徴的でもある
むかし
詩人の山之口獏が
世界的知識人で
あらゆることに通暁している
名声赫赫たるポール・ヴァレリーでさえ
山之口貘という無名詩人のじぶんの詩なんぞ
読んではいるまい
と書いたことがあった
博学と無学 山之口貘
あれを読んだか
これを読んだかと
さんざん無学にされてしまった揚句
ぼくはその人にいった
しかしヴァレリーさんでも
ぼくのなんぞ
読んでない筈だ***
山之口貘は
この短い詩によって
知とはなにか?
についての
根本問題を抉り出した
知について
知的流行ということについて
世界を支配したヨーロッパの武力と技術力に乗っかった
ヨーロッパの知の波の波頭に華やぐ
フランス詩の精華のひとつ
ポール・ヴァレリーなる詩人にこびりつく
拭いようもない権力性について
貧困にべったりつきまとわれながら
沖縄から出てきた山之口貘は
フランス詩を紹介する大学教授たちとは違う角度から
いろいろ考えざるをえなかったはずだが
そういう山之口貘の
こんな詩を
ついに読むことなく
素通りしていったポール・ヴァレリーの
知
とは
いったい
なんだったか?
基地日本 山之口貘
ある国はいかにも
現実的だ
歯舞・色丹を日本に
返してもよいとは云うものの
つかんだその手はなかなか離さないのだ
国後・択捉だってもともと
日本の領土とは知りながらも
返せと云えばたちまちいきり立って
非現実的だと白を切るのだ
ある国はまた
もっと現実的なのだ
奄美大島を返しては来たのだが
要らなくなって返したまでのこと
つかんだままの沖縄については
プライス勧告を仕掛けたりするなどが
現実的ではないとは云えないのだ
踏みにじられた
日本
北に向いたり南に向いたりして
夢をもがいているのだが
吹出物ばかりが現実なのか
あちらにもこちらにも
吹き出す吹出物
舶来の
基地それなのだ***
借金を背負って 山之口貘
借りた金はすでに
じゅうまんえんを越えて来た
これらの金をぼくに
貸してくれた人々は色々で
なかには期限つきの条件のもあり
いつでもいいよと言ったのもあり
あずかりものを貸してあげるのだから
なるべく早く返してもらいたいと言ったのや
返すなんてそんなことなど
お気にされては困ると言うのもあったのだ
いずれにしても
背負って歩いていると
重たくなるのが借金なのだ
その日ぼくは背負った借金のことを
じゅうまんだろうがなんじゅうまんだろうが
一挙に返済したくなったような
さっぱりしたい衝動にかられたのだ
ところが例によって
その日にまた一文もないので
借金を背負ったまま
借りに出かけたのだ***
ひそかな対決 山之口貘
ぱあではないかとぼくのことを
こともあろうに精神科の
著名なある医学博士が言ったとか
たった一篇ぐらいの詩をつくるのに
一〇〇枚二〇〇枚だのと
原稿用紙を屑にして積み重ねる詩人なのでは
ぱあではないかと言ったとか
ある日ある所でその博士に
はじめてぼくがお目にかかったところ
お名前はかねがね
存じ上げていましたとかで
このごろどうです
詩はいかがですかと来たのだ
いかにもとぼけたことを言うもので
ぱあにしてはどこか
正気にでも見える詩人なのか
お目にかかったついでにひとつ
博士の診断を受けてみるかと
ぼくはおもわぬのでもなかったのだが
お邪魔しましたと腰をあげたのだ***
ポール・ヴァレリーの知と
山之口貘の知と
………と
ぼくは
設問を立ててみようとする
Hey! Say! JUMPファンの群れでごった返す東京ドームの前を
セルバンテスのいない
セルバンテスのテキストのひと文字もない
しかしセルバンテスから流れ流れてきた合い言葉のような
ドン・キホーテ後楽園店に向かって
2023年の女の子たちをかき分けながら
歩いて行きながら
TOKYO DOME CITYは
年末年始も店を閉めないそうで
必要なものがあれば
元日でも二日でも
買いに来れるだろう
現代日本が手に入れた生活上の脅威のひとつが
これ
だから
今夜
TOKYO DOME CITYのいろいろな店や
ドン・キホーテ後楽園店で
年末にやりがちな買い込みなどは
する必要はない
ドン・キホーテ後楽園店では
今夜
料理酒やごま油
高級紅茶に負けない
定番のうまさのある日東紅茶「Day&Day 100Bags」や
このところ
気に入っている味のインスタントコーヒー
グリーンのラベルのUCC「職人の珈琲 ほろ苦い味わい」や
ドン・キホーテ特製の「情熱価格・素煎りミックスナッツDX」や
安値のバナナや野菜類
夕方以降には値引きをする肉類なども
買っていくだろう
そのあと
TOKYO DOME CITYのカルディ****に寄って
昨今人気が出過ぎて
売り切れ状態になってしまっている
ヘーゼルナッツの含有量が30%ある
おいしいウィターズ ジャンドゥーヤ・スプレッド*****が
ひょっとして入荷していないか
見ていこう
ユニクロや無印良品やロフトに寄る必要は
今日は
ないだろう
見ているだけで気持ちのよくなる
低価格のアメリカ雑貨のオーサムストアー******にも
寄る必要はないだろう
*Jorge Luis Borges 《Le livre de sable》, traduit de l’espagnol par Françoise Rosset, Gallimard, folio, 1978
**Homère 《Odyssée》, Traduction par Médéric Dufour et Jeanne Raison, GF Flammarion, 2017.
***山之口貘詩集『鮪に鰯』より
****KALDI Coffee Farm
*****Witor’s Cioccolato Gianduia
******Awesome Store
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