ビルのエントランス脇の四角い柱に凭れて、 スーツの男が立っている。
体の左側を柱に付けて重心を傾けている程度なので、 凭れているというのは言い過ぎかもしれない。
スーツは紺で、こちらから見える右脇に皺がいくつも寄っている。
よい生地とは見えない。
ボタンダウンの白いワイシャツに、 濃い色あいのゴールドのネクタイをしている。
ビルの中にはいくつも会社が入っている。
夕方の退社時間で、後から後から人が出ていく。
入って行く人もいるのは、営業先から戻ってきたからか。
挨拶を交しあう人たちもいる。
ずっと晴れていた一日で、天気の崩れる時間帯もなかった。
エントランス前の大理石様の石板は乾いている。
そこの先は舗道になっているが、そのアスファルトも乾いている。
エントランスの両横に花水木の木が立っている。
花期は終わっている。
清浄な印象の葉々が少し揺らいでいるが、 わずかに風があるのかもしれない。 自動車の通り過ぎる時の余波とは見えない。
スーツの男は柱に体の左側を付けたまま、 スマートフォンを見ている。
時々、奥のエレベーターのほうを見る。
エレベーターは三基あり、次々、開閉している。
そのたびに、五六人ほどが出てきて、 エントランスに向かってくる。
どのエレベーターも開閉しない時が、稀にあり、 清潔な静けさがエレベーターホールを占める。
エントランスでは数人が立ち話をしている。
奥の廊下から歩いてきた二人がそれに合流し、立ち話に加わった。
その二人は笑い声を立てて、すぐに外に出ていく。
いちばん右のエレベーターが開き、若い女性が出てくる。
スーツの男は彼女を見て、なにか軽く合図したようだったが、 はっきりはしない。
見間違いかもしれない。
男はスマートフォンを見続け、なにか文字を打ち始めた。
少しスピードをあげて通過していく車があり、 その音があたりに響く。
エントランスにも響いただろう。
エレベーターホールにまで聞こえたかどうか、わからない。
男が合図をしたように見えた相手のあの若い女性は、 クリーム色のワンピースを着ていて、 濃い紫の細いベルトをしている。 上の開いたトート型のバッグは人目を引くエメラルドグリーンで、 ワンピースやベルトの色とは違和感があるが、 逆に美しく映えて見える。
女性はエントランスから出ていく時に、男のほうを見た。
男も女性を見たようだが、 彼の注意はスマートフォンのほうに向かっているように見えた。
男に挨拶もしないで、女性は外の舗道に出て、歩き始める。
最寄駅のある方向ではない、逆のほうへ向かって歩いていく。
男は、舗道に出た彼女に目を向け、また、 スマートフォンに視線を戻す。
立ち話をしてる数人は、まだ、エントランスにいる。
そのうちの一人は、スーツ姿に混じって、 よれよれの蘭茶色に近い色のチノパンに白い厚手のシャツで、 袖捲りしているため、少し目立っている。
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