これもまた
名は言えないし
言いたくもない
(…と『ドン・キホーテ』の冒頭のように言っておく)
とある超底辺大学の
とても出来の悪いクラスでの話なのだが
フランスの生活の実態もまったく知らないのでは
フランス語を学ぶ意欲の湧くわけもなかろうと思い
南仏のフランスの特徴をよく出している
イヴ・ロベールの『マルセルの夏』を見せ始めてみた
フランスの国民作家たる
マルセル・パニョルの有名な小説『わが父の名誉』の映画化で
ひねくれた話ではないし
フランスのふつうの幸福な家族の生活や
ふつうの子どもの世界がよく見えて
だれが見ても楽しい
授業時間の15分から20分ほどだけを充てて
数週間ですこしずつ見ていくことにしたのだが
一度も授業で反応を示したことのない学生が
授業後にこちらへやってきて
「この映画、
後のほうになって、両親が不倫して別れたり、ケンカになったり、
家族離散とか家庭崩壊とかになったりするんですか?」
と聞いた
「いいや、最後まで仲のいい幸せな家族の話だよ。
でも、家庭崩壊とかの話のほうが好きなの?」
そう問い返すと
「いや、そうじゃないんですけど…
なんか、こんな仲がいい家族なのに、
親が不倫とかして、だんだんと壊れていくんじゃ、
この先見続けるのが胸くそ悪いから…」
と学生は答えた
この学生ははっきりと
「胸くそ悪い」
という表現を使ったのである
「とにかく、そういう話じゃなくてね、
これから夏のヴァカンスに家族で出かけて
楽しい経験を少年たちも家族もするんだよ。
家族は最後まで仲がいいんだよ」
と短く予告してやったら
「それなら、安心して見られますね」
と学生は言って
教室を出て行った
学生が去ってから
ホワイトボード上の文字を消したり
片付けをしながら
「闇は深い
ってやつだな
これ」
と
ちょっと思った
家庭崩壊に至るような話なら
フィクションでも
「胸くそ悪い」から
あらかじめ
迂回することにする
見ないで避ける
あぶなそうな映画は見ない
どう展開するかわからない小説は
あらかじめ開かない
そんなことを
あの学生は気にしているのか……
自分を「胸くそ悪」くしかねない映画や小説に対して
いつも
セコムしていたり
ALSOKしていたりするのだろうか……
けっこう深いかもしれないなあ
闇
じつは……
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