2023年5月11日木曜日

Caroline minuscule

 

 

いくら歳を重ねても

知らないことばかりで

犬も歩けば棒に当たるように

どこへ行っても

前後左右

どちらを向いても

さっきまで

知らなかったことが

いま

ちょっとばかりの知になって

ちょっとばかり

脳細胞に染み込んでくる

 

おかげで日々は楽しい

いつでも

いつまでも

 

このあいだなど

エレベーターの中で見ていた

アルファベット学の本に

CGの話があって

長いこと知らないまま

過ごして来てしまったことが

語られていた

 

Cはもともと

ギリシア文字のγ(ガンマ)の一字体で

Gの発音を示していた

だからラテン語の個人名の略記号に

名残を留めていて

C.Gaiusと読み

Cn.Gnaeusと読んだりする

こういうC[]音で発音していた

エトルリア語の影響を受けて

しだいにC[]音で発音するようになったが

そのせいで[]音を表わしていたkは

次第に用いられなくなっていった

 

C[]音で発音するようになったので

もともと[]音を表わしていたC

使用法も変更せざるを得なくなり

Cの字を変形して考え出されたのが

Gの文字だった

 

プルタルコスによれば

Gの考案者は解放奴隷の

カルウィリウス・ルーガだったという

第二次ポエニ戦争の始まった頃の

発明だったそうな

 

そういえばもともと

小文字というものは存在せず

中世期にラテン語写本製作のために

考案された字体だったという

ローマン体として現代に伝わる

ふつうの小文字の字体は

八世紀から九世紀のカール大帝の時代

あのシャルルマーニュの時代に

宮廷に招かれたアルクインという

イギリスの神学者・古典学者による

考案ないしは改良によるものだった

だからシャルルマーニュ小文字

Caroline minusculeとも呼ばれるが

小文字の発生年代がこんなふうに

しっかりわかっているなんて面白い

 

Caroline minusculeのことも

ろくすっぽ知らず

CGにまつわることも知らず

これまで人界のことを

だいたいはわかったつもりになって

生きてこれていたつもりだったのかと

ぼくはエレベーターの中で愕然となった

世界を知るとか人界を知るうえで

きわめて大事な部分を

あまりに平然と欠落させたまま

肺呼吸だけを続けてきたのだったかと

驚天動地っぽいショックを受けた

 

なぁんだ!

ぼくはこれまで

ぜんぜん生きてなどいなかったんだ!

ぜんぜんものがわかっていなかったんだ!

Caroline minuscule

CGにまつわることも知らないぐらいだから

もっと重要な基本事項の数々さえ

ぜんぜん知らないで肺呼吸しているだけなんだろう

なぁんだ!

ぼくはいまでも

ぜんぜん生きてなどいないんだ!

ぜんぜん世界に目を開いてなどいないんだ!

 

こう思うと

逆に

せいせいとして

身もこころも

すっかり軽くなってしまった!

ぼくはいまでも

ぜんぜん生きてなどいないんだ!

ぜんぜん世界に目を開いてなどいないんだ!

そう気づくと

なんだか

底知れぬうれしさが

吹き上がってくるようだった!

 




0 件のコメント: