心霊スポットなどには行かないと
ユタのRINOさんが言っていたのは
もっともだと思われた
ユタは自分の調子を整えておくのが大事だから
調子を乱されるような場所には
わざわざ自分からは行かないというのだ
いくら霊能者といっても
いちいち浄霊したりしないといけなくなると
時間も労力も使う
不成仏霊などは無数にいるのだから
ふつうは避けて生きていくに限る
自分の調子を整えておくのを最重視する
RINOさんの姿勢に納得がいった
ほかのどんな仕事にも通じる姿勢だろう
いつ何どきでも一定以上の質で
仕事に取りかかれるように自己調整しておく
それを最上の義務と考える
霊能者というのもこうでなければならない
というのが非常に正しいと思えた
心霊スポットということで思うのは
意外に思われるかもしれないが
なんといっても古書店街こそがそれ
ということである
古い衣類には容易に霊がこびり付くが
古い本にも霊はこびり付く
そもそも古い本の著者たちは死んでおり
死者たちが書き残した文字群が古書なので
霊界への入口としては絶好のものである
まだ生きている著者たちのものはどうかというと
これはこれで生き霊への入口となる
文字群は最たる怨念の表象なので
著者によっては強烈な念が籠もっていたりする
本好きだった霊たちが
どうしても集まってきてしまうのも
古書店街の宿命だろう
霊たちは本を見に来た客たちにサッと憑依し
あれを買わせよう
これを買わせようと
ずいぶん頑張って刺激してくる
それは客たちの想念に入り込んでくるかたちをとるが
神保町のようなところにいると
客たちの身体にも影響を与えて
からだがないとできない体験へと動かす
空腹でもないのになぜか
カレーを食べたくなったりするのも
霊たちのつかのまの憑依による場合が多い
たいして散財するわけでもないので
どこかで一皿食べてやれば
霊たちは満足して抜けて行く
このあいだ
田村書店の1階の和書のほうでいろいろと本を見ていたら
急にひどい歯周病のにおいが流れてきた
近くにいるほかの客たちの口から臭って来たと思ったのだが
あとで考えてみれば
その時に近くにいたのは
みな若い客たちで
歯周病になる年齢とは思えなかった
ああ、そうか
歯周病に罹っていた霊が
たぶんあの時
田村書店の狭い通路を通っていったのだな
と後になって気づき直した
誰もまわりにいないのに
急に煙草のにおいが立ち込めたり
歯周病のにおいがしたり
体臭が臭ったり
かと思うと香水の香りが立ったり
ということは
古本屋ではけっこうあるのだ
霊だからといって
悪さをすると決まったわけでもない
悪い霊というのは
古書店街にはほとんどいないが
やたらと本を買わせようとしたり
カレーを食べさせようとしたりはする
この時
田村書店で
研究社の古い『詳解ラテン文法』も買ったが
ずいぶん勉強した跡があって
あやかりたい気持ちで買ったものだった
万年筆や赤鉛筆などで
的確に線が引かれたり囲まれていたりする
それでいてきれいなままの本なので
かつての持ち主はていねいに使ったものらしい
付録の語尾変化表などは
裏表紙の見返しに半分に切った封筒を貼りつけて
そこに入れてあった
かつてのこういう持ち主の霊ならば
こちらも受けとめてもいいと思われる
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