フランスの霊能者で占星術師の
マリ=ロール・ヴデル(Marie-Laure Vedel)の
ちょっと古い本
『内なる導き手に出会うには』
(A la rencontre de votre Guide intérieur)*
を読んでいたら
ヴォルテールのこんな言葉が引用されていた
"Je suis heureux parce que c’est bon pour la santé."
わたしはしあわせだ。
だって
それは健康にいいから。
ヴォルテールらしい
世間一般の考え方に対するひっくり返しで
才気と
皮肉が効いている
しかし
この言葉は
本当は
"J’ai décidé d’être heureux
parce que c’est bon pour la santé."
のほうだ
という意見もある
こちらでも
たいして内容はかわらず
しあわせであることをわたしは決めた。
だって
それは健康にいいから。
となる
もっとも
こちらのほうの表現でさえ
じつは典拠不確かなのだそうで
もっともらしい原典をなんとか辿ろうとすると
1761年4月27日に
彼がトルブレ神父に宛てた手紙の
この箇所なのではないか
となるらしい
« Je me suis mis à être un peu gai,
parce qu'on m'a dit que cela est bon pour la santé »
ちょっと陽気になることにしました。
それが健康にいいと
人に言われたものですから。
たぶん
ヴォルテールの言った言葉を聞き知った世間の人びとが
言いやすいように少しずつ変えていったのが
だんだん広がったのだろう
なんといっても
人類史上
知識人といえばこの人
といえるほど
めったに出現しないような才人だったヴォルテールに
フランス語のわかる人のみならず
ヨーロッパ人なら
どこかであやかりたいという思いが強かっただろうから
あのヴォルテールがこう言ってたぞ
と口にする警句は
効果バツグンだったはずだ
日本では
「ヴォルテールは作家で哲学者でした」
ぐらいの認知度だし
そこに
「同時代のルソーと張りあっていました」
ぐらいのミニ蘊蓄がくっつく程度だが
全方位の権威や権力や盲信に対する強烈な全身批評家だった彼の
全貌を捉えるのはムリでも
大ざっぱに眺めておくことは必要で
世界中のどの時代どの場所に生きる者であっても
ヴォルテールに比べれば
みな盲従者
みな全体主義者
みな愚鈍者
みな臆病者
でしかないのをわかっておいたほうが
内的自己形成のためには
どう考えたって効き目がある
劇作をし
小説をかなり書いたのだから
いわゆる作家には違いないのだが
英語のよくできたこの人の
思想家としての名をあげた『哲学書簡』は
なんとロンドンで英語で発表されている
ジョン・
ニュートンの思想を説明した『ニュートン哲学要綱』
これは愛人のシャトレ夫人に助けてもらったというが
このシャトレ夫人は数学や物理学に通じていた
ヴォルテールほどの才人となると
持つ愛人のレベルも段違い過ぎるのだ
プロイセンのフリードリヒ大王からは教育係として招かれるし
ヴェルサイユで資料編纂官に任じられるし
アカデミーフランセーズ会員にはなるし
ディドロたちの世界初の百科事典の試みの『百科全書』には
「歴史」の項目を書くし
スイス国境に接したフェルネに居を定めてからは
内乱となったジュネーブからの難民を助けて
時計産業や養蚕や絹の生産で産業育成にも力を入れたりと
四方八方の活動ぶりを発揮している
この天才は経済面や経営面にも秀でていて
かつて宝くじの当選率を友だちの数学者と計算して
胴元たる国の宝くじ設計ミスを見抜き
そこを衝いて日本円にして五億円を稼いだこともあった
今の国際金融時代ならば
ヴォルテールはなにをやらかしたことか!
ベンジャミン・
フリーメーソンとなったヴォルテールは
政治的・社会的には
ローマ・カトリックと敵対し
フランス王国と対立し
カルヴァン派を国教とするジュネーブ市とも対立し
くわえて徹底的な反ユダヤだった
『哲学辞典』では
「地上で最も憎むべき民」
「無知にして野蛮な民」
「もっとも忌まわしい迷信にもっとも悪辣な吝嗇を混ぜ合せた民」
とユダヤ人を批判しており
他では
「イスラエルの包皮なしの連中」
「かつて地球の表面を汚した乞食どものなかで最悪の乞食」
と書いたり
「金を稼ぐことのできる場所だけを祖国とするユダヤ人は
皇帝のために王を
王のために皇帝を裏切るようなことを
いとも簡単にやってのける人間です」
とデュボワ枢機卿への書簡でも述べている
世にコーヒー好きは多く
21世紀でもかわりはないが
スプーンがカップの中で立つほど濃いコーヒーを好んだ
19世紀の大作家バルザックに負けないほど
ヴォルテールのコーヒー好きは度を超していた
日に40杯から50杯は飲んだらしい
コーヒーにチョコレートを混ぜたものを好んだらしいが
18世紀のことだから
カカオの含有率が高いものだっただろう
かかりつけの医者は
大好きなコーヒーにあなたは殺されますよ
と注意していたらしいが
ヴォルテールは83歳まで生きたのだから
コーヒーの多飲がさほど体に悪いわけではなかったのは
身をもって証明された
といってもいいのではないだろうか?
それとも
コーヒーを控えておけば
100歳以上も生き長らえたかもしれない
と考えておくべきだろうか?
*Marie-Laure Vedel « A la rencontre de votre Guide intérieur »,
L’espace bleu, 1995
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