2025年9月2日火曜日

黄金の美貌とそこにかかってくる白髪

 

  

 

「どうして泣いているんだい?」 彼がたずねる。

「さあ、わからない。でも、泣かずにはいられないの。

   悲しくて、でも、理由はわからない。

   涙は出るけれど、理由はわからない。

   でも、涙が出るのよ」

レイ・ブラッドベリ 『イラ』(中村融訳)

 

 

 

 

 

遠い親類のどこかで

殺人事件があったという

父が様子を聞きに言ったが埒が開かないので

わたしが出向いた

 

韓国人の大家族だった

 

おかしい

 

韓国人の家族との関係は

わたしたちにはないはずなのだが

なぜだか

どこかでの繋がりがあるのだという

未知の又従兄弟の

そのまた誰かが婚姻で結んだ関係でもあったのだろうか?

わからない

 

おかしい

 

ともかく

その大家族の家に

わたしは出向いてみた

 

     *

 

お屋敷

と呼んでいい

いや

呼ぶべき

大邸宅である

 

ここに住む一家のなかで

殺人事件が起こった

 

そうだとしても

この家と遠縁があるといっても

わたしには

どうにも

関係がないように思える

 

ともあれ

訪ねてきたのだからと

玄関の呼び鈴を鳴らしてみて

エントランスに

導かれた

 

まさに

エントランスと呼ぶべき

大きな広間が

玄関のドアのところに広がっている

そこに立って

左右を見まわすと

幅のひろい長い廊下が

奥までかなり長く伸びている

 

左側の廊下には

数人が立って

わたしのほうをちらちら見ながら

話をしている

みな

立派な服装をしている

 

前のほうには

木の床張りのされた

広間が見えた

ダンスホールとしても使えそうな

本当に広い空間で

おそらく本当にダンスホールとして

作られたものと見える

かなり大人数を招いてのパーティー会場としても

余裕で使える広間だ

 

     *

 

その広間の奥に

背の高い女性がいた

 

年齢はもう60を越えているだろう

髪はほとんど白髪になっているが

まだ黒い髪も混じっている

あまり髪を調えすぎる気はないらしく

ぼさぼさと言っていいような散らしかたをしている

服はドレスと呼べるのだろうか

純白の絽のような生地で

襟が立っており

足元まで覆われている

 

その女性に

手招きされた

 

大広間に入って

そのまま歩いて行くと

女性のほうでも近寄ってきた

 

わたしよりぐっと背が高い

おそらく

190センチほどはあるだろう

 

目の前まで近づくと

女性は非常な美女であるのがわかった

すでに老いの始まっているは確かなのだが

黄金色の顔をしており

頬が若々しく盛り上がっていて

鼻がすっと高くなっている

そこに白髪が少しかかってくるアンバランスが

女性の美しさをいっそう稀なものに見せた

 

     *

 

ほとんど

息がかかるほどにわたしたちの顔は近づき

わたしの視界は

この女性の黄金色の顔に埋めつくされた

この邸宅にわたしが来て

この大広間に入って

彼女のほうへ歩みよっていくまでの

さまざまな小さな諸事情の連鎖や重なりや

心を去来した思いの数々がすべて消えてしまい

いまや黄金の美貌と

ときどきそこにかかってくる白髪とだけが

わたしの現在となった

 

     *

 

夢の話である

 

     *

 

夢の話ではあるが

この話には

つけ加えておきたいことがある

 

     *

 

この夢を見たのは

202591

午後1時半頃から4時頃までの間である

 

この時間帯

たまたま外出する用事のなかった私は

家でするべき用事も山積しているというのに

急に

ひどい眠けに襲われた

ぼんやりした頭で用事をするより

少し眠って冴えた頭で用事をするほうがよいと思い

30分ほどのつもりで横たわった

目覚ましもつけずに寝てしまったため

夕方まで目が覚めなかった

 

起きて

印象の強かったこの夢を思い出しながら

わたしが不覚にも長く寝てしまっていた間に

世間ではなにか大事件があったのではないか?と思い

スマホのニュース欄を見ると

アフガニスタンでの大地震のほかに

駒澤大学前駅近くでの

韓国籍の女性への切りつけ事件が目にとまった

意識不明という情報が多かったが

死亡という情報もすでに混じり出していた

 

     *

 

韓国籍の女性への切りつけ事件と

わたしが見た夢とは

出来事の構造も特徴的な細部も異なっていて

結びつけるにはムリがある

 

なんの関係もない

もちろん

言ってよい

 

しかし

寝落ちする前のわたしの意識に

「韓国」のことも

「殺人事件」のことも

まったくなかったのを思えば

駒沢大学前駅近くで事件が起こっていた時に

わたしが夢のなかで

「韓国」と「殺人事件」という情報を把捉していたのは

やはり興味深い

 

     *

 

切りつけられて死んだ韓国籍の女性は

40代だったという

わたしが夢のなかで出会った韓国女性はもっと年上で

60代ぐらいだった

 

まったく

なにも関係がなさそうではないか……

と考えるべきではあるのだが

どこか気になる

ほんのちょっとでもひっかかりのある夢を

すこし過敏に

すこし大ごとに扱って楽しみたい者たちは

こういう場合

「それでは

あの60代ぐらいの韓国女性は

いったい誰なんだろう?」

などと

思いを展開させていこうとする

ものでもある

 





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