2025年9月18日木曜日

暗めの木のテーブルが並ぶだけのカフェ

 

 

 

その簡易なカフェはホテルの1階にあり

外の舗道からも

ホテルの中からも入って来れる

 

ホテルには劇場もいくつかあり

歌舞伎専用の劇場も

ほかの伝統芸能用の小劇場もある

 

暗めの木のテーブルが並ぶだけで

装飾のほとんどない

ミニマルな内装のそのカフェは

1階にあるほかのレストランやカフェと比べ

穴場のような存在で

いつ行っても

それほど客はいない

 

雨の夕方

わたしはそのカフェに入り

バッグに入れていたミネラルウォーターを飲んで

すこし考えごとをしたり

ぼんやりしたりしていた

 

コーヒーなどを頼まなくても

好きに座っていてかまわないのが

このカフェでもある

 

急に入ってきた客があって

すこし離れたテーブルに付き

手に持ってきた赤ワインを口に運び

そのまま口飲みし始めた

 

知った顔だと思ったら

坂東玉三郎だった

 

カフェの近くにある売店で

うまいワインが1000円で売っているので

それを買って来て

ここでちょっと座って

何口か飲んでいくつもりなのだろう

 

このカフェでは

こんなことも許される

 

それにしても

口飲みするとは

ずいぶんくつろいだ所作だ

 

玉三郎は

暗めの店内の隅や

天井に視線をやりながら

ミネラルウォーターでも飲むように

ゆったりとワインを飲みながら

なにやら

もの思いでもしている様子だ

 

しばらくすると

他の席に

赤ワインのボトルを手に持った

また別の男が付いた

 

名前は知らないが

これもよく見る俳優で

やはり

ワインを口飲みし始めた

 

玉三郎に

黙礼したようにも見えるが

わたしの見間違いかも知れない

 

口飲みでも

この飾り気ない静かなカフェでは

いかにもふさわしい感じで

わたしも一本

近くの売店で買ってきて

ワインを何口か

飲もうかと思った

 

思ったが

一本

ぜんぶを飲みきれるほど

この後

暇ではないし

すこし酔ったからだで

雨の中を帰りたいとも思わない

 

玉三郎も

もうひとりの俳優も

仕事が終わって

後は帰るだけというタイミングで

何口か

反省しながら

飲んでいるのだろう

 

わたしのほうは

ワインは

また

この次に此処に来た時に

しよう

 

大きな窓の外では

舗道に打ちつける雨が

いっそう激しくなってきた

 

いつのまにか点いた街灯が

雨の世界を

オレンジ色に染めて

街というものの美しさを演出している

 

暗く静かなカフェの中では

玉三郎や

もうひとりの俳優が

ときどきワインを口飲みし続けながら

今日の演技の反省をしたり

ほかのことを思ったりし続けている

 

もう少し

静かで暗めの

この落ち着きの中にいてから

オレンジ色に染まった

雨の中へ出ていくことに

わたしは

しよう





0 件のコメント: