よきものは一つにて足る高々と老木の桜咲き照れる庭
窪田章一郎
Pさんはなにも飼っていないが
むかしは愛犬も愛猫も数匹いて
家のまわりを毎日散歩しながら
あたりの馴染みの野良猫たちに
餌をくれてやってまわるのが
日課になっていた頃さえあった
家の犬たち猫たちがみな死んでしまい
ペットの飼育ができない新居に越してからは
それまでとはうってかわって
本当になにひとつ飼わないまゝ
Pさんは暮らし続けている
そう暮らすようになってみると
それほどさびしいというわけでもなく
動物がいないからといって
こころに動物がいないのでもなく
ほかならぬPさん自身にしても
自分の内部にいろいろ発見するものがあった
人はいろいろだからかまわないが
動物が死んだらまたすぐ飼う人もいれば
しばらく空白を生きるような人もいる
空白といっても欠落のようなものではなく
たゞ単に“空いている”だけのことで
動物がいない空間があるだけのことで
そういうものがあればこそ
死んだ動物たちの姿やふるまいなどが
新入りの動物たちのはしゃぎように
蔽い隠されてしまうということがない
Pさんはかつて飼ったあれらの動物たちが
一度きりの自分の人生にとって
本当にかけがえのない者たちだったのだと
最近は確信するようになってきている
かれらは取り換えのきくペットではなく
一期一会の出会いの相手だったのだと
いまの住まいに動物がいないことによって
しみじみと感じるようになってきている
飼わないというのもいいものだと思い
姿は見えなくなったとはいうものの
あの子たちといつまでもいっしょに
こんなふうに暮らし続けていくのも
とてもいい幸せなことではないか
とPさんは思うようになってきている
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