Je cherchais une âme qui me ressemblât, et je ne pouvais pas la trouver.
Comte de Lautréamont 《Les chants de Maldoror》Chant Deuxième
ぼくは自分に似た魂を探していたが、見つけられないでいた。
ロートレアモン伯爵『マルドロールの歌』第二歌
あえて小さなカップで
いちいちコーヒーを作って飲むようになってからは
よく使うのは
白地に
青の濃淡の線で花々の描かれた
小さなカップ
把手は金に塗られているが
古いカップなので
金はだいぶ剥げている
口をつける縁にも金の細い線が走っていたが
これもだいぶ剥げてしまった
こんなことを記そうと思ったのも
飲みさしのコーヒーが
ほんの少し
底に残っているさまを今見て
ちいさな趣きを
感じたものだから
付属のお皿は
ホタテ貝のかたちで
濃紺に塗られているが
こちらの色は
まったく剥げずに
手に入った頃の姿を保っている
高級品でもなんでもないが
おそらく
30年以上は食器棚にあって
はじめの頃は
来客の時などに時々使い
今は自分の日々の使用のために
日に何度も使う
たしか4客あったはずだが
取り出しやすくしているのは2客だけで
他の2客は
はて
どうしたのか
食器棚のどれかの棚の奥のほうに
押し込んでしまっているのか
壊れて棄ててしまったのか
この頃
あまり目につかない
自分でわざわざ
買ったものではないのだけは
確実だが
どこから手に入ったものだったか
それは不確実
だが
なんとなく覚えているのは
30年以上も前
いっしょに住んでいたエレーヌが
フランス語を定期的に教えていた裕福な奥さまたちの
どなたかから
ある日箱ごと貰ってきたこと
それは聖心だか白百合だかの卒業生の奥さまたちで
集まるのはだいたい
日吉のマダム杉本のお家
がつがつ勉強するような集まりではなくて
エレーヌがコピーしていった新聞や雑誌の記事を読んで
フランス語講読の復習をするような集まり
いったん読み終わるとティーパーティーになって
コーヒーや紅茶やケーキなどを囲んでの
夕方までの歓談の時間となった
文芸評論家の奥野健男さんや
エジプト学の作家酒井傳六さんの奥さまたちもいて
新しい本をご主人が出すと
エレーヌにもかならず贈呈と相成った
ぼくやエレーヌがパリに行く時は
かつてはヴィクトル・ユゴーも住んだドラゴン通りの
四階の家にいつも泊めてくれたイレーヌ・メニユも
日本に来た時はマダム杉本と会い
同年代の友人どうしのようにつき合っていたが
マダム杉本はしゃべるほうはからっきしダメなので
どこかのカフェにぼくが行って
通訳のまねごとをしたこともあった
そんな誰もかれもが
もう
みんな死んでしまって
べつに高価でも特別でもない小さなカップが
あの人たちすべてを
ほんの少し
飲みさしのコーヒーが
底に残っている今
ぼくに
思い出させている
0 件のコメント:
コメントを投稿