2021年1月10日日曜日

いつか来た道


 

博多で夕子に会ったあとは

なんだかずいぶん

ぼーっとしてしまった

食べ過ぎたのではない

濃艶さにやられたのでもない

中州をさまよいながら

あゝここは春子と歩いた道

あゝここは夏子と迷い込んだ道

たぶんそんなことが

つらつら思われたせいで

ぼーっとしてしまった

クリスマスの飾りの取り忘れが

寒い空気の中でちっちゃな店の

窓のへりにちらちらとして

ふいに思い出された

大学時代の秋子の横顔

あゝ冬子はいまも函館にいて

事務製品の寒いオフィスで

まだ帳簿つけなどしているのか

そんなあれこれをぜんぶ

夕子に言うわけにもいかないから

なんだかずいぶん

ぼーっとしてしまったと

歩きを遅くしながら洩らすと

きっとあたしのせいね

だってさっき決めたじゃない?

もうここに根を下ろして

ふたりして生きていくのだと

あなたの故郷のここでって

さっき決めたじゃない?

と夕子が言うものだから

あゝまたおれはそんなことを

言ってしまったのかここが

おれの故郷だなんてことを

と別に悔やみもしないで思い

パリローマヴェネチアミラノ

ロンドン大阪ソウルに北京

おれが故郷だと言わなかった

街がはたしてどれくらい

世界に残っているだろうと

思って笑えてきてしまい

ははははははははははと

声まで出して笑ってみたら

ほらやっぱり!あなたも

そんなに嬉しいわけね!

そうなのね!そうでしょね!

そうしてグッと手を引いて

ぐぐいと引いていく先は

あゝ春子夏子秋子らと

いつか来た道

いつか来た道




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