2022年9月7日水曜日

ウマオイやキリギリスの声に溢れていた


 

隅田川のほとりで

死後も来世も覚え続けているだろうような

うつくしい生活を送ったことがあった

 

買い物には

よく

北本通り沿いのタジマに行って

そこは

どこか時代に乗り損ねた

昭和の雰囲気を引き摺ったスーパーで

レジ係のオバサンたちも

どこかトロくて

三軒茶屋の駅近くから越してきたわたしは

はじめ

ひどくグズグズしている感じが

苛立たしいほどだった

 

しかし

それまで渋谷や

新宿や

三軒茶屋や下北沢のペースを

心の深くまで染み込ませて生きてきたわたしは

そうした騒がしい喧噪慣れを

この土地で

剥がれ落ちるままに

してみた

 

タジマの裏手

荷物を運び込むスーパーの裏側では

不思議なことに

夏場や秋はもちろん

冬の寒い時期になっても

虫の声がたいそう賑やかだった

コオロギではなく

ウマオイやキリギリスのような声なのだが

どうしてそんな虫の声がし続けるのか

わからなかったし

いまもわからない

もうわからない

 

その地をわたしが離れて

すぐに

タジマはなくなって

ジャパンミート卸売り市場というスーパーに

生まれ変わった

再訪した時に

一度入ってみたことがあるが

ムダだらけだったタジマの品の置き方と違い

効果的にわかりやすく多量の商品が置かれていて

スーパーとしてはレベルが上だと見えたが

あの鄙びた空気感は失せて

なんだか

わたしのいるべき場所ではなくなってしまったと

感じた

 

ウマオイやキリギリスの声に溢れていた

あのスーパー裏手は見なかったが

もちろん

虫たちの居場所などなくなってしまっただろう

こうして消えていくものや

風景を

嘆いてみせるのは

昔から詩歌の流儀のひとつだが

わたしはしかし

こう言ってみたい

スーパーの裏手の商品搬入口のあたりで

季節を問わず

ウマオイやキリギリスのような声の虫が

盛大に豪勢に大音声で

鳴き続けていた事実があって

それは

こうして記している

わたしの中に現実そのものとして

ずっと続いている





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