2023年3月30日木曜日

一生思い出に残るよね

 

 

桜の頃としては

めずらしいほどの雷雨となって

夕食時

なんとなく楽しくなって

カーテンを開け

室内のあかりを落して

暗い空から降り続けるさまや

ときどき光るかみなりを

見続けながら食べた

 

歳を重ねるほどに

雨が好きになる

 

雷など鳴るときは

たいへんだ

たいへんだ

などと言いながら

楽しくてしょうがなくなる

 

若い頃に

進学塾で教えていて

夏期講習などとなれば

9時から夜10時まで

教えていたりもする

労働基準法もなにも

あったものではなかった

 

ある夏の講習では

勉強する気のあまりない

中学3年生のクラスを

夜の最後の授業に持っていた

勉強する熱意はないが

気のいい子たちで

教えるのはイヤではなかった

特に女の子たちはきれいで

居るだけで華やいで

ドラマにちょうどいいような

舞台設定だった

 

授業の時間に

雷雨になったことがあった

教室からは夜の街が見わたせて

あっちに雷が落ちる

こっちにも雷が落ちる

けたたましい音とともに

そんな光景がずっと続いて

勉強どころではなかった

 

思い切って

教室のあかりを切って

二十分ほど

生徒たちと窓に貼りついて

雷雨の大騒ぎを見続けていた

あっちに雷が落ちる

こっちにも雷が落ちる

けたたましい音のするたびに

女の子たちは大はしゃぎで

花火大会を見ているようだった

 

もちろん勉強は

あまり進まなかったが

帰りがけ

生徒たちの興奮は覚めやらず

今日はよかったね

すごかったよね

いい授業だったよね

一生思い出に残るよね

などと言いながら帰っていった

 

あの教室の生徒たちよ

あれから

25年は経った今も

思い出に

まだ

残っていますか?

 

ひょっとして

さっきの桜雷雨に

どこかで降り込められたりして

若かった頃の

夏の

あの雷雨の夜を

思い出しませんでしたか?

 

苦しく

理不尽で

むなしいことばかりだった

進学塾業務の

あの頃

たった一夜の数十分のことながら

ふいに恵まれた

奇跡的な時間として

あの雷雨

いっしょにきみたちと

見ていられたことを

わたしのほうこそ

覚え続けている

 

今日はよかったね

すごかったよね

いい授業だったよね

一生思い出に残るよね

という

帰りがけの

きみたちのことばと

ともに





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